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第22話 光の当たらない存在 AnimaⅩⅠ

←第21話



ゴホッゴホッと、苦しそうな咳がダイアナの部屋からマーガレットの部屋に近づいてくる。
控えめなノックがされてマーガレットが促すと、元々小柄だったダイアナはますます小さくなって頼りなげに入ってきた。

『おかあさん・・・』
s3-22.jpg
『ダイアナ、咳ひどいね。今日寒いから一緒に寝ちゃおっか』
『! うん!』

この国の慣習では早くから子供部屋で親と離れて寝ることが当たり前なので、
自分で言い出さずに済んだダイアナは安堵しながら近づいた。
ダイアナが1人で居られないぐらいに体調が悪いときは、
母マーガレットは出来る限りキャバレーの歌手の仕事を調整し、ずっと一緒にいる。
s3-22[1]
いつも我慢しているぶん、ダイアナは子供返りする。

『・・・ママ、りんご食べたい』
『いいよ、剥いてあげる。ほかには何か食べられそう?チキンスープ作ったのがあるよ』
『チキンじゃなくて、とうもろこしのがいいー!クルトン沢山入れたやつだよ!』
s3-22[2]
『はいはい。食べられるならよかったね。いいよ』

”よいこ”でいることが板につきすぎてしまってた少女ダイアナが、体調の悪さを大義名分に子供らしくワガママを言えるのだ。
細いマーガレットの手が優しくダイアナの頬を撫でた。





そして今は母の手は、夫イアンの手になった。
・・・といっても逞しい男性の手ではなく母マーガレットと同じ、しなやかな女性の手だが。
今夜もまたトイレで戦ってげっそりとした声でダイアナは切り出す。

「・・・・あたし。髪、切る~~~~」
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「んあ?そっか。結婚式に間に合わせるのに色々やったのにいいのか?それに気持ち悪いんじゃサロン行けねえだろ」
「なんで否定するのー。切るって言ってるのに」

ぶすっとダイアナは子供っぽい拗ね顔。この妙な突っかかり方も、子供の反抗のような捻くれた甘え方が入っている。
イアンは心得たものでダイアナのそれは柳のようにさらりと受け流す。

「否定はしてないだろー、ただの確認。あと心配してるだけだよ。急にどうした?」
「~~~~ ちょっと、邪魔なだけ!・・・気持ち悪いときとかに」

別に何でもかんでもイアンの好みに合わせてしまってるつもりはなかった。が・・・
庸一の指摘の通り(リズも否定しなかった!)、
イアンが「長いのもいいな」と褒めながら、2人のときだけ見せる無防備な笑顔が嬉しくて、結婚式を終えてもそのままだった。
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そして色々と選ぶ基準が『イアン』になってるのは否めない。惚れた弱みなんだろうが正直ひとに指摘されるとくやしい。
あと、それとは別に吐くときに髪が非常に邪魔で、大変不愉快な汚し方をするのもウンザリしてきていた。

「ん~?それだけじゃないんだろー。おねーさんに言ってみろ、ん?ん、ん?」
「! ・・・イアンは、あれだね。冗談でもアレックスと違ってそういうの言えるんだね」
「色々不便はあっけど治る見込みがあるしなァ~ なるようにしかならねーし。なにより美人だろ

最初こそ強がりもあったが、その言葉の力強さは増してきている適応力高きイアン。
さきほどアレックスと酒を酌み交わしたときにグチった通り、
他人から女扱いされてナンパされるだの、助けられるだのは流石にうんざりはしているが受け入れつつはある。

「本当はどうしたんだ。言えよ」
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軽めに言った後でイアンの言葉が真剣な色を帯びる。
この強引な男らしさはダイアナがとっても好きなイアンの言動のひとつだ。

「・・・あのね。あのね。あたし、イアンに合わせすぎかなあ・・??」
「ああ?」
「・・・庸一に。言われた。さっき。イアン好みで色々変わったよなって」
「おっ前、そりゃあ俺に惚れてんだからしょうーがねえだろー?」

はっはっはー!と笑い飛ばし、昂然と胸を張るイアン。
それは長年のいつも通りなのだが、妊娠初期のダイアナは今それが我慢ならない。

「でもっ、なんか、なんか!・・・・あたし自主性がないみたいに言われたっ!庸一に言い返せなかったっ!!くやしいんだもんっ」
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従来じゃ考えられないほどダイアナは瞬間湯沸し器のような発憤をするようになっていて、蒸気の幻が見えそうなほどだ。
イアンは、ふんふんと荒めの息をしたダイアナを慌てて「わるいわるい」と鎮めにかかる。
そもそもイアンは女性の髪形の拘りはないので「お前、俺の好みだから短くしたり伸ばしたりしてたのか?」と尋ねた。
すると昔をありありと思い出したダイアナはちょっと恥ずかしそうに、

「中学のときにあたしは首が長いから、短いのも似合いそうだよなって言ってくれたのはあったんだよ」
「へえ。かーわいーのなー、お前。俺は長い髪見るのも好きだし、短めでいつも首見れるのも好きだよ。パンプキン。
 お前だって俺がどんな頭でも『俺が』好みなんだろ?俺も一緒」

照れ隠しにダイアナの鼻を軽くつまみつつも、真心のままイアンは優しく言って妻を腕の中に収める。
あーん、やっぱりカッコいいよー、イアーン!
ダイアナは13歳のころからいつも通りのそんな喝采を心の中で上げた。

「・・・あたしね。どっちかっていうと好みは長いほうだから、今のイアンもとってもカッコよくって好きだよ」
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「てめぇ。つか前は長いと軽く見えるとか言いやがっただろうが」
「へっへ。あたしはイアンそのものが好きってことだよ。今のイアンは外見は女の人だけど、すごく男らしくてカッコいい」
「・・・。知ってるよ。でも、ありがとな」

ダイアナはイアンの豊満な胸に押しつぶされるようにして抱きしめられた。






「この紅茶のにおいなら大丈夫そーお?」
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「うん、ありがとー」

イアンの異母妹ダニエルが人数分の紅茶を淹れ・・・るわけがなく、相変わらず偉そうにラフィに指示を与えて給仕させていた。
金髪に即戻したラフィ、相変わらずダニエルに「ゴーマン女」と言っては、べーと舌を出されている。

「はい、ダイアナ。俺らがお願いしておいてなんだけど、気分悪くなったら止めてね」

においは勿論ダメ。食べられるものもヘタすれば数十分単位で変わる。
快適な環境であっても車酔いしてるかのような気持ち悪さが取れない。
でもダイアナの場合は横になって身体の不調でひとりきりで戦うよりも、誰かと話して気が紛らわすほうが向いていた。

「ありがとー!でもこういうの楽しいからうれしいよ!」
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名門サンセットバレー大学に滑り込みで入ったものの、常に単位はギリギリのお勉強苦手のダニエルにラフィ。
雑談からダイアナに特別家庭教師をしてもらおうという話になった。

「んじゃあ、本当にお言葉に甘えちゃうけど。ダイアナ大先生、特別補習おねがいしまーす」
「お願いしま~す❤」

これなら発明関係で危険物に触れる心配もなく、家族内だしダイアナの体調にあわせ、ゆる~くやっていけるよねと合意に達した。
とはいってもダイアナが特段事前準備もなく教えてやれるのは、
20年先でも大きな変更の心配がないであろう授業科目・・・外国語等に限られてはいたが。
彼らに使用するテキストも、必要以上の未来の情報を知るべきじゃないと現在のものである。

「それじゃあ早速!2人ともフランス語からね。2人揃って2年連続で単位落としちゃってるのはマズいね~」
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通常は大学1年目でクリアされるべき、考古学専攻の2人には基礎一般科目に含まれる科目。
これだけで2名の危機的状況が察せられるが、彼らには危機感はまったくない。

「やーん、紙の教科書にえんぴつって、すごい~レトロ~❤アドラーブル~❤」
「まずはテキストを開こう。230ページね」
「? ダイアナ、これ確認テストのページだよ」
「そうだよ。制限時間は60分。辞書の使用は禁止。テストページ以外を開くのも禁止。始めっ」

ヒッ!
いきなり抜き打ちテストから始まった。





採点後のダイアナ先生から厳しい顔で講評。

「フランス語の試験内容は、毎年300ワードで内容自由のレポート課題なんだよね。随筆でも日記程度でもOKっていう。
 そもそも2人とも基本中の基本すら全然できてない!3年目なんでしょ!?」
「・・・うぅ・・・ だからダイアナに頼んでるんだもーん・・・」
「ダイアナも大学で教えてたんでしょ?滑り込みで入った俺らでも卒業できるように抜け穴をパパッと教えてくれればいいよ」

「サンセットバレー大は甘くないよ!!そもそも語学の基本は構文理解!核となる単語の暗記!」
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ぱーんっとスパルタ風にダイアナが言い放ったところで、
忠実なるシムボット・アンドリューが空気を読んでホワイトボードを転がしてきた。

「ダニエルちゃん、何かフランス語で簡単な文章ちょっと思いつく?思いついたら言ってみて?何でもいーよー」
「えっとぉ・・・・・ジュ プ エッセイェ~?」
「・・・・『試着してもいいですか?』 ? 面白いの出してくれたけど買い物かな」
「そう❤お買い物で使えるから丸暗記したの~。あとエスク ヴ ザヴェ ドゥトゥ クロゥ? 」
「なるほど。『他の色ありますか?』 うん。レポートには使えないけど悪くないよ。 次、ラフィはどうかな」

完全にレポートには使えないが相手のモチベーションのために肯定だけするダイアナはホワイトボードに今の文章を書く。
ラフィは金髪を揺らし、「ウィ。ディアーヌ」と微笑んでダイアナの名前をフランス風に呼びかけ、

「トゥ・エ・ラ・プリュ・ベル・デ・ローズ・・・・・ディアーヌ・・・・Passons la nuit ensemble」
「んもぉぉぉーっ!ラフィ!! んもうっ!  2人とも自分が興味あることしか覚えてないのはよーく分かった!!」
「えー!なになに、なんでラフィそんな難しいの知ってるのー?なんて言ったのー?」
「だって役に立つかもしれないだろ?」
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ダイアナが大いに呆れたところで、外でバスケ練習をしてきたレオとイアンが帰ってきた。
女性の身体であるうえ30代突入済みのイアンはバテバテで「ぶへー」と呻きながら冷蔵庫へ向かってゆく。

「ちょうどいいじゃん、ダニエル。レオに聞けば?」
「えーでもあたし、ラフィが言ったの、むつかしくて言えないぃ・・・もっかいラフィ、いまのやつレオに言ってー?」
「やだよ。男で、しかもレオになんか気持ち悪くて言いたくない」

「えー、ひどい~っ。あたしだけ分からない~!!レオレオレオぉ、ラフィがいじわるするのー!!訳するの手伝ってー!」
「ん?ダイアナがいるのに俺が手伝うの?どれを訳すればいいの?」

優しいレオナルドはまんまと呼び寄せられて、ついダイアナとアンドリューは含み笑い。
助け舟としてダイアナはホワイトボードにラフィが言った文句を書く。
そして紫髪のレオはダニエルが指差した文章を目にして、即翻訳することに難色を示す。
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「・・・━━ あ~・・・・何これ。ダイアナはどういう授業してるの」
「とっかかりに2人に知ってる文章を適当に挙げてもらったんだ。下の2行がダニエルが分からないんだって」
「レオぉ、翻訳して~。あたしだけ仲間はずれなのー」
「いや、でも・・・これは・・・さあ。ラフィがまた冗談で挙げたやつだし、勉強には役に立たないから気にしないで大丈夫だよ」

レオが渋るほどに、ダニエルはしゅーんと落ち込んで「レオも教えてくれない・・・」と目を潤ませはじめる。
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「わかった、わかったよ!ダニエル」
「うん」
「君は薔薇よりも美しい。・・・・・。・・・・・一緒に、夜を過ごそう」

目を見つめられながら言われたダニエルがボッと茹で上がって「ラフィのばかー!大バカ~!サイテー!」と叫び、
レオも耳まで赤くしながら目を逸らす。
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悪童ラフィがぶくっくっくと笑ったところで、
イアンがなんとも複雑に光景を見ている。
あー・・・・
アレックスとエリンの息子のレオナルドと、自分の妹のダニエルがいい雰囲気に・・・・・。
最初こそダニエルの存在に振り回されてたものの流石に今では、彼らのこのモジモジ関係に感づいてはいるイアン。

「オイコラ。ダイアナ引っ張り込んでんだから、てめーら真面目に授業しろ」
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とはいっても当の妊娠中のダイアナが実に楽しそうに笑っているので完全に複雑な兄イアンとしての横槍である。

「イアン、あたしは真面目っ!ラフィがひどいのっ。ばかーっ」
「知ってる文章言えって言われたから言っただけだだよ、俺このくらいしか知らないし」

ラフィはふざけてばかりかと思いきやダニエルと揃って学ぶためにノートを開いて、特別補習を受講する意思を見せる。
それがダイアナには嬉しく、できるだけ楽しくやろうと朗らかに授業を開始した。







汗だくなのでダイアナ達から距離を取りつつ、2人でアイスに齧りつく。
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「お前も同じフランス語専攻してたんだろ。1年目で単位取れるとは、やるな。バスケットマン」
「外国語は・・・まあ、ダニエルたちには悪いけど普通は1年目に取れるよ。
 レポートと言っても文法をちゃんと理解して、知ってる単語で自由な文を書けるか見るだけだったから。
 発音きっちり見られるような面接試験じゃないだけ相当楽だよ」

レオはさらりと言ったが、イアンはほーうと感心の声。
部活に注力してる割に押さえるべきところを押さえてるのは非常に感心だ。

「お前、将来はどうすんだ?」
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「・・・それ訊いてどうするの。未来のことは知るべきじゃないって言ってたのに」

爽やかな苦笑いを浮かべつつレオは答える。あまり話したくはないらしい。

「俺とダイアナの話は大体は知ってんだろ。知るのが俺だけなら平気だよ。実績もあるしな。
 バスケこれだけやりこんでるくせに、単位もこなしてる優秀な甥ってのは嬉しいんだよ。俺はドロップアウト組だしな」
「・・・・。俺さ、プロになれるとは思ってないよ。大学で全力は出すって決めたけどね」
「へえ。そうなのか」

イアンはさも『意外』という態度を演じてみせたが、やはり残念ながらレオナルドはバスケットの才能はない。
彼がサンセットバレー大学代表としてはスタメンどころかサブメンバーにもなれないのは、
プロや大学リーグ観戦が趣味のイアンには分かってしまってる。

「俺は”持ってない”からさ」
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軽い口調で零す。
そしてレオナルド・ウッドヤードは表情のないまま、
双子の片割れのラファエル・ウッドヤードの方角に意識を飛ばすそぶりを見せた。

その瞳には普段のレオからは想像できないような暗い羨望の色が宿っているがイアンは気づいてないふりを続ける。
才能は欲しがる者に与えられないことも往々にしてある。
イアンだって高校でバスケとは別れを告げていた。
そうやって人は大人になってゆくなかで何か道を見つけるものだ。

「そういやエジプトで必要なもんは撮れたのか。遺跡の資料だっけか」
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「うん。思ったとおりの成果を得られたよ。ダニエルは大喜び」

実はダイアナが補習してる外国語だけじゃなく、専攻している考古学関連科目の単位すら危ないダニエルとラファエルが
未来(レオたちにとっての”現在”)で失われた遺跡の詳細データがあれば単位もらえるかもというのが
彼らなりに見出したタイムポータルの情けない活用法だったのである。
アンドリューに追及されたとき、レオは自分の目的もあって意図的にこの部分は隠した。
つまり未来からやってきた自分たちに難色を示してたシムボット・アンドリューの怒りは正しかった。

「お前とおかっぱ娘にとっちゃ過去に観光旅行ってところか。ダニエルが付き合せて悪いな」
「ううん。ジュアもジュアで知りたいことがあったからね。もちろん俺も楽しいんでるよ。まだまだ色々出かけようと思ってる」
「へえ、そうか」
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レオにもジュアにも、この時代の過去に来たい理由がそれぞれあるのだ。
双子でどちらが早く産まれて兄であるのか、というのはレオとラフィの目的だが、このレオの真の目的は別なところにある。
エジプトでは成果が得られなかった。

「イアンがまさか女になってるなんてな~本当、面白いよ。」
「ちゃーんと目に焼き付けとけよー。そうそう生きてて、ここまでの天然美女はお目にかかれねえからな」
「ええ?天然ってくくりでいいのかなあ?」
「うっせ」

「大体さ、あのディフェンスはズルいんじゃないの。あれじゃセクハラだよ、イアン」
「ふははははは。観てた連中にゃ羨ましがられてただろーが。
 大体おっさんに現役バスケットマンが正々堂々求めんじゃねーよ。ノーブラの天然モン押し付けらたんだ、有り難がれ!」
「叔父さんに胸板押し付けられて何を有り難がるんだよ~。でも久しぶりの割には結構レイアップシュート決まってたね」

レオとイアンは大笑い。

「あ?まーたダイアナが喚いてんな。 ラフィか、ったく!どうしようもねーな、あいつは!」
s3-22[7]
そう言ってイアンは紫髪レオとの雑談を切り上げて、
くだらない冗談を言い始めたらしい金髪ラフィにゲンコツを見舞いに行ってしまう。

「・・・・・・」

小さい頃からそうだ。
”どうしようもない”と大人たちはラフィに大いに呆れて文句を言いながらも、彼を心から愛して何かと構う。

アレックス譲りの片付け性でエリンの妙なお節介性分もあり、
バスケットに嵌っても両親が心配する必要がないほど勉学面も冴える紫髪レオ。
対して、桜子目当てで始めた空手も続かず、
桜子を追いかけながらも他の女と遊び回り、勉強はドンジリで適当が服を着て歩いてる金髪ラフィ。

そんな対照的な自分たち双子を前にしたとき、
アクの強い問題児ラフィにみんな関心を良くも悪くも引かれてしまい、模範的優等生ともいえるレオの存在は置き去りになる。

━━ 俺は、ラフィがいると忘れられがちになる。
”よいこ”は損をするんだ。
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「・・・いつものことだけどさ」

そして内側に言葉に出来ないようななにかが渦巻く。

子供の頃から愛し、自分の出来る限りの全てを捧げてきたバスケットすら自分に振り向いてくれる気配がない。
それどころか抜群の運動神経の才は、よりによって双子の片割れのラフィにだけ与えられていた。
なのに当のラフィはその才能を活用する気がまったくない。
なんて残酷なんだろう。
天すら俺に光を当ててはくれなかった。
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努力が実を結ぶと信じたい。
心から信じている。
だから絶対に毎日の練習は欠かさないが、世の中がそんなに甘くないことも頭では知っている。
バスケットボールの世界競技人口が4億5000万人、でもこの国のプロプレイヤーは1000人にも満たない。

『お前は将来どうすんだ』、だって?

s3-22[10]
本当はね。俺なりに考えてることがあるよ、イアン。
でも教えてあげない。


まるで若き日のエリンへの愛ゆえ道をはずすことを選んでしまった若き日の実父アレックスのように、
レオは鬱屈したものを静かに溜めつつあった。
ラフィにはない彼にある英才は、光のあたる場所を求めている。



→第23話




第21話 僕の全てを統べたもう黒曜石の君 AnimaⅩ

←第20話



「ラファエル・ウッドヤード。いまからお前への質問を開始する」
s3-21[5]
「・・・・ハイ」

冷酷非情な尋問官アレックスが宣言し、被告人ラフィは椅子の上で小さく腰掛けている。
その横では弁護士のように母エリンと証人レオが控えていて、「これが親の説教の図か」と傍聴人イアンが突っ込んだ。
双子の片割れレオは「ラフィなんかはこの法廷は定期開催してるよ」と呆れ顔で未来図を告げた。

「ラファエル、なぜ父親のふりをしてナンパなどしてきた。まさかいつもしてるんじゃないだろうな」
「いつもはしないよ。まあ、こっちだと、・・・過去だと?すんごい有名だし?今は髪もこんな感じだし?モテるかな~って
「俺の顔で唇を尖らせるんじゃない!!」
「俺は生まれつきこの顔だよぉ!さっきのナンパは出来心なんだよ~。かぁ~さ~~ん、父さんに何かいってよ~ぅ」

即ラフィは男らしさなど皆無でひ~んと泣きまねの声を上げながら、弁護人の母エリンに泣きついてみせる。

「アレックス、顔があなたに似てるのはしょうがないでしょ」
s3-21[6]
「エリン」
「でもラフィ、私と同じブロンドはいや?だから変えたの?」
「いやじゃないよ!母さんとお揃いの髪と目の色はちっちゃいころからの俺の自慢だよ。もちろんほくろもね❤」
「あら、うれしい❤」

うふふふと母子がイチャイチャするが尋問官アレックスが「今はそういう話じゃないだろう」とピシャリ。
そして次の尋問ターゲットは真相を知ってそうな証人レオへ。

「レオナルド。こいつがエジプトでしていたことで俺が知るべき事項があったら言いなさい」
「別に?俺たちは変なことはしてないよ」
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「お前の報告に隠蔽や虚偽があると分かった場合には処罰は同等のものになる」

じろりと見てくる女性の姿のアレックスながら、その宣言は未来の父とまったく同じ。
エリンは物事の行方をただただ楽しんでおり、それも未来の母とまったく同じ。・・・・中立というよりも悪しき傍観者である。
良心ある傍観者は苦笑しつつ、影のようにウッドヤード一家に寄り添う執事モナだけだ。

実はラフィがエジプトで父親と同じ髪色にしたのは理由があり、未来からやってた4人全員が共犯だが真実を悟られたくない。
レオナルドはそこを追求されないようにこのラフィを生贄にすることとして、
父親が食いつきそうな事項を告げ口することとする。

「ラフィはエジプトでも父さんの名前でナンパしてたよ」
「・・・。なに?」
s3-21[7]
「あ━━!!レオの告げ口野郎!お前そんなんだから童貞なんだよ!」
「・・・・・・・。しかも1人とはこっちに帰ってくる直前にも夕日の中でメロドラマみたいな別れ方してた」

ラフィの童貞発言に静かにキレたレオは、最もアレックスが怒りそうな点を告げ口し、
すぐに弁護士エリンと傍聴人イアンの馬鹿笑いが響き渡った。

「ラファエル。エジプトでも、俺の、顔と、名前で、女性を、口説いた、だと?さっきだけじゃないんだな?」
「本当にすみませんでした・・・・出来心で・・・」
「ラファエル貴様それでも俺の息子か!お前の脳みそは機能していないのか!!ええ!?」

人前でここまで声を荒げることはそうそうないアレックスだが事情が事情だけに、
さらに酒の力と、女の身体に押し込められているフラストレーション、全て合わさってラファエルに叩きつけられる。
父アレックスの憤怒の雷に、いくらラファエルでも子の本能で固まってしまう。
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「お前がしでかした事がどれだけ俺と、妻でありお前の母親のエリンの名誉を傷つけることになるかも考えられないのか!!」
「もう、やあねえ!つまり私はアレックスにエジプトで不倫されちゃったのね!」
「わはははは!やっぱ親子だなあ、サウス卿!お前のスフィンクスが暴れん坊ってか、ギザの大スフィンクスってか!ええ!?」
「黙れイアン!!」
「やーねもう!あはははは!!」

傍聴人イアンはアレックスの実父ジョンのことを示しつつ不謹慎極まりないジョークを飛ばし、エリンはお腹を抱え笑い転げる。
執事モナも噴き出しそうになったのをアレックスの手前、かろうじて喉元で抑えた。

こうしてレオの狙い通り、エジプトで本当は自分たちが何をしていたのかという点を探ろうという話の流れにはならなかった。
暫くアレックスの説教はくどくどと続き、若干落ち着きはじめたころに鶴の一声。

「アレックス。私お説教聞くのは飽きたわ。もう罰をあげて終わりにしましょ」
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「罰といっても壁に向かって座らせるんじゃ甘すぎるよ。外出禁止で頭を冷やすだけで足りる歳でも彼はないだろ。
 本来ならそんな罰を必要とする年齢じゃないんだがな、ラフィ

追い討ちのゲンコツのようなアレックスのお叱りに、ラフィはまた唇を尖らせる。
暴力的な罰はアレックス夫妻の流儀にそもそも反する。
エリンはあたりを見回して、執事モナと目が合うと閃いた。

「やっぱり男のコなんだから肉体労働してもらいましょ。モナ、業者に出す予定の銀食器の話をさっきしてたわよね。
 あの研磨は業者じゃなくて全部ラフィにやってもらいましょう」
「えっ!?結構な量ありますよ。カトラリーだけでもフルセット20人分ですよ!ぜんぶで段ボール9つもあるのに」
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執事モナに管理業を引き継いだアレックス曰く、
”こじんまりしたこの家での、こじんまりした、ちょっとした集まり”がいつでもできるように備えている銀食器、
フルコール対応カトラリー20名分、さらにソーシエールやらなんやらの給仕食器類一式である。
ただ常勤の下僕とメイドも置いていないので定期的な研磨をプロに出している。

「罰なんだから丁度いいわね。辛くないとダメだもの」
「かあさぁぁ~ん・・・・」

こうして法廷は、無能な弁護人がいきなり無慈悲な裁判官へと変貌する女王様によって〆められる。

「あのね、ラファエル。よく聞いて。自己責任で女性と遊びまわるのは若いんだし大いに結構だけど、
 他のひとの名前を騙る卑怯な男なんて私イヤよ。情けない。
 そんなことしないと口説けないボウヤなら、まだ右手で十分じゃない。食器はたくさんあるから。存分に鍛えたらどうかしら」
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エリンは笑顔を浮かべながら、無慈悲にも手を”ナニかを握ったかたち”にして上下に往復させる。
それはテレビ番組なら即モザイク加工が必須の動きで、ラフィは居たたまれずに顔を覆い、レオは「母さん・・・」と顔を俯けた。
執事モナはもうあんぐり口を開け、流石のアレックスも妻を娘のように「エリンやめなさい!」と反射的に叱る。

「バッカお前・・・さすがにジェスチャーはやめろ、ジェスチャーは・・・」

この、母親には絶対されたくない推奨行動・・・イアンはラフィの恥辱に心から同情して呻きつつツッコんだ。
どこの世界に家族全員の前でオナニー推奨する母親がいるか。(ここにいた)
流石のラフィも「ホントウニゴメンナサイ モウシマセン」と呟きながら、居たたまれずに椅子から床に崩れ落ち、
閉廷となった。

こうして家族はラフィ以外引きずる事もなく賑やかな雰囲気で”法廷”モードは解除される。

「だから俺は止めただろー?父さんの名前で女のひと誘うのは絶対マズいって」
「・・・・もっと本気で止めろよ・・・」
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だめだこりゃ、とレオナルドが首を振ると、
隣家ダイアナ夫妻宅へ昨夜泊まりに来ていたリズ&桜子親子がひょこりと庭に顔を出してきた。

一瞬、驚いて「うっわ!桜子だ!ちいさいなあ!リズさんも、こんばんは!」とレオが声を上げる。
その爽やかな好意的な態度を受けて、リズも驚きながら軽く会釈をした。
エリン達に確認した後、すぐに執事モナが彼女たちを出迎える。

「あっちでダニエルっていう子達に会って。なんか桜子が大きくなったら仲良くしてもらってるらしいんですよ。
 だから挨拶に来ました。桜子もアレックスさんたちにバイバイもしたがってたし」
「まあ、そうなのね❤桜子ちゃんとウチの子達が仲いいなんて嬉しいわ」
「そうっすねー。双子なんてエリンさんすごいな~」
「まだ産んでもないけどね」
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母たちが楽しそうに盛り上がって、リズはアレックスと瓜二つの息子ラフィには大声を上げて驚いた。

「! うっわ、こっちの人アレックスさんに瓜二つじゃん!すっげ!」
「中身はまるで似てないよ」

アレックスが溜め息をついた横で、つわりで青い顔ながらダイアナがレオにお帰りの挨拶のハグをする。

「ただいま、ダイアナ。なんだか体調悪そうだね」
「つわりだよ~。まさかあたしのほうが先だと思わなかったから驚いたよ~でもね、今日はかなり元気なほうなんだ」
「はは、やっぱり知らないほうが楽しいだろ?息子が娘か、言ったほうがいい?」
「あ!それは内緒にして!ね!」
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レオが笑いながら頷き、ラフィがダイアナに目もくれずに幽霊のように立ち上がった。

ああ。
君の黒曜石の美しさは本当に変わらない。

「なんて可愛いんだ、僕の桜子!」

ぼ・く、だと?
アレックスとイアンがそのラフィの変貌に顔を引きつらせ、ダイアナはどんぐり目をさらにぱちくり。

「僕の腕の中においで、桜子!君のラファエルが沢山抱っこしてあげるよ!!
 ああ、僕の全てを統べたもう黒曜石の君は、なんて美しいんだろう。
 子供の頃の君がいないなら、こんな古臭い場所には来たいとも思わなかったよ!」
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このセリフが滑らかにラフィの口から語られた瞬間、イアンとダイアナはもう光速でドン引いた。
ラフィの想い人がリズと庸一の娘の桜子という驚きではなく、
まるでアレックスのエリンに対するものを煮詰めたがごとく・・・性格のアクが強烈なラフィの愛情表現は鮮烈がすぎる。
エリンすらも目を丸め、アレックスといえばもう強い頭痛を覚えていた。

あまりのラフィの前のめり具合に引きながらも、エリン達の実子なら危険はないだろうとリズが促す。

「・・・・あ~ 、桜子~、おいたんと同じ、そっくりさんがいるぞ~・・・あんたの未来のお友達だってさ~・・・」

桜子はじぃぃぃと紫髪でアレックスそっくりのラフィを見つめる。

「・・・・。アレックスおいたん?」
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「! あっ、そうだよ!君がだいすきなアレックスおいたんだよ!さあ、おいで、桜子!!僕の腕に!!さあ!!
「ラファエル!お前は━━」

先程の説教のあとだというのに・・・!
アレックスが叱ろうとした瞬間、パアンッ!と桜子がものすごい勢いでラフィの頬を叩いた。
リズも娘の名前を叫んでびっくり、一同も勿論びっくり。

「にしぇもの」

偽者。
幼児ながら的確にラフィの正体を見破った桜子は厳しく言い放ち、ラフィは頬を抑えてうずくまる。
s3-21[18]
そして双子の片割れのレオはそんな様子にもまるで見慣れてるように平然としつつ彼を諭す。

「ラフィ。小さくても桜子だぞ?通じると思うか、嘘が」
「あっちいけ。おいたんの にしぇもの。わるいこ」

庸一ソックリに重々しく、小さな桜子はラフィをもみじのような手で追い払うしぐさをみせた。
さすがに「おぉぉっと、桜子!やりすぎ言い過ぎ!」と焦るリズが止める前に、
ラフィの逆の頬にぺちりと可愛い平手打ちが入ってしまった。そして一番残酷な鉄槌が下る。

わるいこは きらい

桜子に真正面から嫌いと言われたラファエル・ウッドヤードは、ふるふると乙女のように震えたかと思うと
実父そっくりの顔姿で涙を流しだした。
s3-21[20]
「きら・・・・い・・・」

とうとうアレックスが「勘弁してくれ」と呻いたが、まだまだ一同は彼がまたふざけてるのかと思っていた。
しかしラフィはドラマチックな動作で椅子にもたれかかり、
「小さい桜子になら甘えてもらえると思ったのに」「こんなのってない」「何のために来たんだ」云々と声を震わせる。
幼児の浅慮な拒絶であっても、桜子であれば彼を不幸の奈落へ叩き落とす━━
傍若無人・厚顔無恥のラフィの弱点は、その彼自身の愛ゆえ桜子が完全に掌握していた。
心底呆れつつも双子の片割れであり面倒見のよい好青年レオが寄り添ってみせたことで、一同は本物の涙であることを悟る。

以上ここまで。
彼女にしては相当に我慢していたがとうとうリズは本音を漏らした。
s3-21[16]
「いや~・・・・偽アレクサンダー、気持ち悪いな」
「リズっ!ソレぶっちゃけすぎっ」
「こりゃあキモいだろーよー」

ダイアナがとりあえず親友の毒舌を止めはしたが、3歳児の桜子に泣かされた20歳のラフィの姿は━━
やはりリズの言うとおり気持ち悪い絵であった。






一人娘・桜子に不埒な男の影が!!
世のすべての父親にとっての最大危機を夫・庸一にリズが知らせると、彼は面白いほど早く仕事から帰ってきた。
どのくらい早いかというと、帰宅しようとしていたリズ母子がまだアレックス宅に滞在していて合流したほどである。

「庸一アンタ早くね!?仕事は?」
「もともと今日は早上がりの日だ」
「にしても早くね!?」

桜子は一転甘い声で「ぱぱ だっこ」と庸一に抱っこをせがむと当たり前に彼も応える。
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そして彼はじっと見慣れない女性━━ これがダイアナの発明で女性になったというイアン&アレックスだろう━━を
見つけると、重々しく「この度はお疲れ様です」と心から彼らを労わった。

場には未来からやってきた子供たちが集合し、
庸一の登場に「庸一さんだ」「若いですね」などと、ラフィ→桜子の関係のせいでサワサワと落ちつきがない。
皆興味津々である。
そんななか、「こんばんは!庸一さん。ラファエル・ウッドヤードです!」とラフィが嘘くさくハキハキ好青年のご挨拶をする。

「・・・そちらがアレックスさんたちの・・・お子さんですか」
s3-21[4]
「こっちのアレックスさんクリソツの方が、桜子が好きなんだと」
「おいたんの、にしぇもの。わるいこ」
「これ、桜子。変な告げ口しない」

愛妻リズと愛娘桜子から報告を受けた庸一の表情は相変わらず変化はない。
するとアレックスは当然のように若き父の庸一に忠告。

「庸一君、俺たちにかまわず父親として断固たる姿勢で臨んでくれて構わないからね」
「父さん、なんでそんな誤解を招きそうなことを!」
「接近禁止でもいいんだよ」

当たり前のように実の父アレックスに味方になってもらえないラフィである。
s3-21[21]
まだ3歳の愛娘に現れた、初の”どこの馬の骨野郎”の登場・・・庸一はどんな反応をするかと場に緊張が満ち、彼は静かに口を開く。

「まさか今の年齢の桜子と、どうにかなろうとしているわけではないですよね?」
「そんなわけありませんっ。僕は純粋に可愛い幼少期の桜子とも健全に親しくなれたら嬉しいだけです、庸一さん!」

キラキラ!と、外見だけはアレックスに瓜二つのラフィ、愛しの桜子の父君への態度を潔癖たる騎士のように崩さない。
しかしそれが明らかに普段の姿でないことは周りの人間の呆れかえった表情で分かる。
ダイアナは「へー、すごい猫かぶりだねー!」などと皆の本音を鋭く呟いた。

「・・・・。未来では、桜子は君のガールフレンドになるということですか?」
「はい!」
「「「 なってません 」」」

レオの大嘘の直後、未来からやってきた他3名、レオ、ダニエル、ジュアの声が完璧に重なった。
庸一の瞳が見たことない色にギラリ光る。

「成程。幼い桜子を手懐けて自分の理想通りにしてゆこうという魂胆だな」
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「げっ!! なんで分かったんです!?」

「!! ラフィお前っ!それはいくらなんでも卑怯だろ!!」
「イヤー!!ラフィさいってー!!あたし絶ッッ対戻ったら桜子にチクるからっ!サイテー!」
「まー、ラフィちゃんてば、お勉強はまったくのプーでらっしゃるのに本当悪知恵は働きますこと!」

ギャースカピースカと子供たちが騒ぐなか、大人たちもラフィの卑怯な恋愛作戦に大いに呆れつつ騒然。
「庸一すごーいじゃん、よく分かったね」と妻リズが賞賛する。

「日本人には中学で習う一般教養だ。千年前からある超有名な方法だ」

日本人には中学古典で扱うほどおなじみ、超有名な光源氏の『理想の女性』育成計画である。
庸一の少々言葉足らずのセリフは日本の授業で女の口説き方として扱われてる誤解を招き、
ダイアナが愕然と「Oh, クレイジー ジャパン」と呟いた。
この反応にはつい、庸一は日本語で『いや、お前だって同じようなものだろ』と彼女に重々しく呟いてみせた。
するとダイアナも少し訛りのある日本語で噛み付く。

『!? チッガーウ!アタシとイアンはそんなコトはないよ!』
『彼が意図せずとも中学の頃から10年以上掛けて、お前はイアンさんのタイプに思いっきり寄せてるだろ。
 昔はスカートなんか全然履いてなかったし、ピンクとか着てたろ』
『チガウ!せっ、成長しただけだもん!イアンの好みに寄せ・・寄・・・。・・・・・・・・・・。』
s3-21[23]
足フェチのイアンに影響されてスカートは激増、レストランでは食べられないイアンが好きな家庭料理をつくり、
イアンと同じブランドの服を着て、誰にも知られてはないが寝室でも”いろいろ”イアン好みの言動が増えている。
変遷を一番見てきてる幼馴染ならではのグサッとくる鋭い指摘に、ダイアナはいつもの調子で「ないもんね!」と言い返すしかなく
庸一は肩をすくめて聞き流した。

自覚なき”光源氏”イアンは自分の名前が出てるのは分かったが肝心の内容は日本語でされたため分からず、
周囲も同様に?マークを浮かべた。


さて桜子を抱き上げたまま庸一は落ち着いて切り出す。
親になって3年目、世間的には若いが子供を桜子を守れるのは親である自分たちだけという自負がある。
s3-21[3]
「すみませんが、未来からきて俺達は知り合いなんでしょうが現在の俺達にとってはあなた達は他人同然です。
 今後も顔を合わせることはあるでしょうが、そちらもそのつもりでの付き合い方にしてください。
 こいつはまだ3つです。桜子と会うときには俺たち・・・必ずリズかシムボットのマルちゃんがいるときにしてください」

未来からきた他3名は互いに目を合わせつつもそりゃそうだよね、と納得して頷きあうが
ラファエルはがーん!と簡単にショックを表している。

「そのうえでラファエルさん。俺は将来的に年頃になれば当然恋人は桜子自身がしっかり選ぶべきと思います。
 なので今日あなたがやろうとしたことは将来、俺の口から桜子にしっかり伝えておきます」

しん、と場が静まり返る。

「え?桜子に?バラしちゃうんですか?庸一さんが?」
「言わない理由がないです」
「桜子にバレるのはまずいじゃないですか」
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企てる前に気づけ。

皆の心が一つとなった。


→第22話




第20話 問題児、戻る! AnimaⅨ

←第19話


桜子が寝静まったゲストルームで、白い顔のダイアナの心の奥にしまっている不安が明かされていた。
自分は片親で育ったから、産まれてくる子にちゃんと母親っていうのができるのか自信がない。
良い親の定義、なる方法、そんなもの教科書にも載ってない。
s3-20[25]
実母マーガレットを慕っているぶんだけ自分が同じことができるか分からないという不安が大きい。

「あんたの”かっこいい”イアンがいるんだから父親と母親、揃ってんじゃん」
「よく言うよね、パパかママのどっちかが叱り役とか甘えさせ役とか・・・・あたしそういうの知らないんだよ」

「あんたさ、頭いいけど感情的にド・ドーンとなるとアホだよね」と、親友リズはド・ドーンの部分で手を上下。
ダイアナは理性<感情になると、その頭脳の働きは簡単に心情に屈する。
リズは「まあ、そういうトコがあるから安心するんだけど」と付け加えつつ、

「うちは庸一だって、あたしだって叱るし褒めるよ。役目とか、叱り方とか絶対の答えがあるわけないじゃんさ」
s3-20[26]
「そうだけど。━━ あたしさ、自分の父親・・・サウスさんとは結婚前にしか会ってない。
 でも赤ちゃんにとってはおじいちゃんだよね?会わせないのは赤ちゃんからおじいちゃんを取り上げることにならない?」

ダイアナは自分の父親ジョン・サウスのことを苗字で呼ぶ。

「ダイアナ。あたしンちはさ、母親が男作って家出たじゃん?あたしは母親に桜子を会わせる気はないんだけどさ。
 庸一のかーちゃんには『でももし戻ったら会わせてあげたら・・・?』とか言われたことあるんだよね、実は」
「えっ!あのおばさんが?」

庸一のお母さんといえば自分たちが小学生の頃から知っていて特にリズをお気に入りだったし、
嫁姑問題なんてありえなさそうなのにとダイアナは初耳の話にショックを隠せない。

「あー、別にコジれてはないよ。その場でキッパリ断ったし、庸一も当然あたしの味方だしね。
 でもそんなもんなんだよね。正直言われたときはビビったけどさ、そんくらい人によって正解はないだろうっていう体験談ね」
s3-20[30]
「・・・うん・・・なるほどなあ・・・あのおばさんがそういうこと言うなんてなぁ」

「心配してたらキリないさ。考えるだけ時間のムダムダ。
 実際にあんたのとーちゃんが孫に会うとかになったときに返事決めればいいじゃん。未来の自分に悩みは押し付けときな。
 それよりさ、妊娠すると乳首痒くね?」

今日一番深刻なトーンでリズが切り出したオチに、ダイアナは一瞬きょとんとしたあとで大笑い。
笑いが収まると悩みがスーと軽くなった気がしてきた。
ぐるぐるした悩みのせいで出ていた気がするムカムカも引いてきた気がするくらいに。

「んもー、信じらんない。あたし真面目に悩んでたのにー」
s3-20[29]
「あたしだって真面目だっての!
 桜子妊娠してるときにすっごい気になってたけど、待合室の隣の人に『乳首どうっすか?』とか訊けないじゃん!」

「あはははは!!残念ながらナイナイ!全然な・い!」
「うそだね、絶対なるね。流石のあたしも庸一の手前さ、乳首掻き毟るわけにいかなくてさ!
 こうさ、マグカップ取るついでとかに肘をこう・・・」

実は女の子らしいところがあるリズ、
ちゃんと庸一の前でもそうやって女性として守るべき恥じらいを持っている。
ダイアナは桜子を起こさないようにクッションで口を押さえ、
そしてお腹に力を入れすぎないようにしつつ再び笑った。





リズ&桜子母子がお泊まりをした翌日も、彼女たちはダイアナとのんびり過ごした。
その昼過ぎのこと。

「よう」
「・・・・」
s3-20[1]
「そこの暗い顔してるお前。付き合えよ」

珍しくイアンがウォッカの瓶を掲げてやってくる。
そして珍しくアトリエにも出掛けず家に閉じこもっていたアレックスに顎をくいっと上げて外に促した。
もちろん自分も頭数に入っていると思っているエリンがるんるんと、
「ダイアナは?お酒の匂いダメなんじゃないの?」と声を上げる。

「あいつが自分のせいだから気にしないでってさ。でもエリンお前は来んな。野郎呑みだ。アレックス」
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「・・・。ごめんね、エリン」

合点が行ったアレックス、なんと珍しくエリンを誘わない。
こうして省かれることを一方的に決定されて怒ったエリンの「バルコニーで見張ってるわよ!」という声を背に、
彼らはビーチへ出た。
そんな男の2人の肩はがっくりさがっている。その肩にはそれぞれ、美しい女性特有の輝きのある髪が掛かっている。

哀しき男たちは無言でショットグラスを掲げた。
彼ら両方とも普段はあまりウォッカは嗜まないが、『いいからとっととアルコール入ってこい』という心境の今の彼らには
最も適していた。
s3-20[2]
「アレックスどうだ。昨日から過ごしてみて」
「・・・・。ひどく邪魔だな、胸が。俺はもう動くのは最小限にしてたよ。動くたびに自覚させられる」
「歩くたび物取る度、グニグニグニグニ、クッソ邪魔だよな。重いし、肩こりコイツのせいか?どうしろってんだよ」
「だから女性は着けるんだろ。ブラジャーを」

声音で忌々しさを隠しもしないアレックスは水のように一気にグラスを空けた。
イアンも一時は人前で酒を飲むのを控えていたのが想像もできないほどの勢いでウォッカを入れて、
「あ~~~うっぜえ。絶対ェしねえぞ、俺は」と吐き捨て、「俺だってするものか」とアレックスは同調した。
s3-20[3]
そのまま男たちはまだグチを言い合う。
両者とも女の身体になった直後はぶつかり合ったが解決策も見つかって、そうなると欲しくなるのはやはり同士。
アレックス宅の執事モナが水とレモンなどの差し入れもしたがそれは酔い覚ましとしては手にされることもなく
簡単に彼ら2人は泥酔モードに突入する。

「信じられるか?服を買いに車出して、妙に煽られてケンカ吹っ掛けられたと思って停めたらナンパで、
 仲介に入った白バイ野郎まで恩着せがましく番号訊いて来やがった!ど~なってんだ、世の中はァ。
 俺ァなぁ、正義のヒーローぶる気はねえが、あそこまで腐ったナンパなんざしたことねえぞ?」
s3-20[4]
「それでさっき、ダイアナからうちに来てないかと電話があったのか」
「ナンパのせいで時間かかってたなんてバラすんじゃねえぞ」

イアンはボタボタとウォッカを零しながら自らショットグラスに注ぎ、喉の焼ける感覚に男らしく顔をしかめる。
アレックスも同じ感覚ながら眉根をきつく寄せるだけだったが、口の中にレモンを放り込んで熱さが過ぎるのを促した。

「知り合いじゃないだけマシだ。俺は家に来てる、いつものクリーニング業者にされたんだ、イアン。
 受け渡しついでにメモと一緒に手を握られたんだぞ?モナの部下だと思われたんだろうがイイ奴だと思ってた男が
 使用人相手になると、ああまで無礼で気持ち悪いとはな。俺の家でセクハラするなんてふざけてるもいいところだ」
s3-20[5]
「んなもん、業者変えてやれェ!」
「業者は変えないが今後担当にはさせないよう電話は入れたよ、エリンがね。チップも5$しか渡していない」
「ぶははははは!!ケチ公爵万歳!!!」

男2人は本日何度目か分からないショットグラスの乾杯を乱暴に行ったが2/3は零れた。
イアンはぐでぐでと砂浜に横たわり、視線の先にアレックスの脚が入る。

「あ~、お前ぇ、やっぱ足の指ダイアナに似てんなァ」
「それはやめろ、イアン」
「いや、俺もぶっちゃけおふくろに似てっからさ、キレんなよ。やっぱあれだなァ、遺伝~ってやつなんかな。
 俺は元々オヤジに似てっからダニエルとも似ってるけど、この俺の今の顔。何かベースがおふくろなんだよな~」
s3-20[7]
「前に写真で観たことがあるが確かに綺麗なひとだったな。会ってみたかったよ。さぞ今でも綺麗だったろうな」
「ハッハー!サンセットバレー伝説の美女ヴィクトリアの血だぞ!この美貌を目に焼き付けるがいい、画家アレックスよ!」

まるで歴史的絵画の女神ぶってるかのようにイアンは手を広げてふざけ、アレックスも天を仰いで大笑い。
そしてアレックスは脚を見下ろして、首を傾げる。

「似てるって、自分では分からないが骨格か?正直ダイアナの脚は覚えてないな」
「お前エリンの事ならなら枝毛まで覚えてるくせにな。あれだ、この足の甲のあたりから完全に同じだな」

美しい褐色のイアンの手が伸び、酒の勢いで無遠慮にアレックスの足の指を掴む。
そのままイアンは「似るもんだなぁ」としみじみ言いながら無意識に悲しい本能でもみもみもみと、
アレックスのパンツの上からふくらはぎまで揉んで楽しむ。

「あー、そうそうこの感じだ。ヤッパ似てるな~」
s3-20[9]
「イアン、お前足フェチだな、その様子だと」
「あー、そうだ。そうだぞ。 ちなみにアレックス、お前が女のどこを重視してるかは言わなくても分かってっからな」
「馬鹿を言うな。俺だって胸以外に見てるところはある」
「ほーう、巨乳好きの自覚はあんのな」

同時に酔いきったアレックスは笑いながら、目の前にあるイアンの二の腕をぐいと掴む。
そして「胸のわりに腕には肉はついてないな」などと呟くと、イアンにつられるように
やっぱ哀しい心の中の男の本能でもみもみもみと二の腕を揉む。
さらにアレックスは芸術家らしく撫でつつ筋肉の流れをじっくり観察。

「二の腕、柔らかいな。自分の胸はまったく柔らかいって思わなかったが」と、なんと泥酔アレックスは平然と暴露。
s3-20[10]
「あーそういやそうだなァ」とイアンも当たり前に同意し頷きあった。
数秒ほど足の指と腕をもみもみもみもみと無遠慮に揉み合ったのち、
目の前の美女の中身が30過ぎたおっさん同士ということに気付いた2人の目から生気が抜ける。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

そして弾かれるように相手を突き飛ばす勢いで離れた。

「馬鹿か俺らはッッ!!!」
「何故こんなことを!!!!」
s3-20[11]
それぞれ叫んだ後で頭を抱えて砂浜で呻き合うと、
本当に家のバルコニーでフテ寝ならぬ独りフテ酒をしているらしいエリンの爆笑する声が響わたった。

そんな、お開きにするべきタイミングで、
「ねえねえ、そこさあ~~~」と軽薄な男が寄ってきた。
声掛けて来た男は3人、お世辞にもガラがいいと呼べる層じゃなく、
本来このあたりの高級住宅街のビーチには寄り付けないタイプだが悪運か、警備の巡回をすり抜けてやって来たらしい。

「お~綺っ麗~なおねーさんたちじゃ~ん。なのに2人だけで飲んでんのぉ?俺らと合流しようよ~、あっちに酒あるよ~」
s3-20[12]
「おね」
誰がおねえさんだ、誰がおねえさんだ、誰がおねえさんだ。
この俺がお姉さんだと?
アレックス、おねえさん呼ばわりされたことに眉を怒りのままピシリと震えさせる。

「落ち着け、アレックス。こっちはもう帰るから。悪いな」と、イアンが揉め事を避けるため笑顔でかわそうとする。
そしてアレックスも見えてもないかのように冷静に立ち上がったが、その腕をナンパ男のひとりが遠慮なく掴んだ。

「! おい、この手はなんだ。離せ」
「お~、見かけの割りに結構勇ましいね。へへ、おとなしそうだったから俺結構好みだったのに」
「いいじゃ~ん、おねえさまって感じで。ねー?おねえさまー?」
s3-20[13]
アレックスの目が冷えた。

「手を、離せ、と、言っている」

非常にゆっくりとした口調で命じるアレックス。
高慢、というよりも当たり前に人の上に立ってる物言いをされたことに一瞬男は気圧されたが、
それすらもすぐに「こえええ」と笑いで誤魔化してアレックスの腕を離さない。

「まあ、君たちマジでレズビアンみたいだけど男もいいモンだよ?」
「「は!?」」
「さっきさ~俺ら見ながら来たけど身体まさぐり合ってただろ」
「まさぐ」
「おっ、落ち着け、アレックス。誰がやるか、んなこと!」
s3-20[14]
「うっそだあ!ヤリそうならそのまま見てようか俺らモメたんだぜええ?」

ゲラゲラゲラと男たちに笑われ、アレックスの目が見開く。
誰がレズビアンで、誰が身体をまさぐりあってただと。この、外見はともかく中身がイアンの不完全なものと。
ぐつぐつと粘度の高いマグマのようなアレックスの怒りを感じる。

「おい、離してやれよ。この辺はすぐに警備も回って来るぞ、モメ事は困んだよ」とイアンが低く言う。
「んなのが来る前に俺らの車に来ちゃえばいいじゃん!?」

リーダー格が言うと男3人は揃って歓声を上げた。
本当にタチが悪いのが入りこんできたと分かり、イアンの腕も掴まれて、「おい!てめえ離せ」と大きく声を上げる。
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これで完全にもう家からこちらを見ていたらしいエリンが完全に騒ぎを感知してくれたろう。
あとは時間をどうにか稼ぐ必要があるから乗り気のふりでもしてやろうかとイアンが頭をめぐらせる。

するとイアンの視界の隅でアレックスが飲むつもりで持っていた酒瓶の胴体部分ではなく、
武器とするつもりで迷いなく飲み口部分を握り直した。
目が殺る気モードで鈍く光っている。

(オイオイオイオイ!!)

イアンの脳裏に『サウス元公爵の高貴な女装趣味!?ナンパ男を酒瓶で殴り過剰防衛で逮捕!相手は23針縫う大ケガ』という
ゴシップ新聞調の見出しが浮かぶ。
しかし場合によってはその手段に出るしかない。
s3-20[19]
全力で腕を振り上げても相手の男の握力は緩むこともなく、
本当に抱え上げて連れ去られることもありうるという女の筋力のなさにぞっとした。


と、次の瞬間。


目の前で1人の新たな男の影が現れたかと思うとアレックスの腕を掴んでいた男が吹っ飛んだ。
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蹴られた男が砂浜に突っ込んで、助けられたことを理解した瞬間、
掛けられた声には非っ常~に聞き覚えのある声。

「君たち大丈夫?」
「ア、アレック」

イアンが思わず名前を呼びかけてしまうところだったが、
「下がってて」と決めウィンクと共に現れた男がアレックスなわけがない。
しかし彼の顔、・・・だけじゃなくなんと髪まで紫。
顔はアレックスに瓜二つの問題児ラファエル・ウッドヤードが、まさかの紫の髪色で戻った!!
(今は)失われた、在りし日のアレックス再来にイアンですら「んぐぐ」と喉を詰まらせる呻きしかでない。

仲間を攻撃されて酔っているナンパ男たちも簡単に激昂したが相手は3人であるにもかかわらず、ラフィは怯まない。
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ラフィはいつもの軟弱な表情をしまい、何かの武道を修めているのがわかる体勢を取る。

すると信じられないほど圧倒的な速さで男が吹っ飛ばされ、
数の有利で諦めないナンパ男たちは起き上がってもまた吹っ飛ばされてゆく。
顎や急所だのを仕留めるための危険すぎる攻撃は入れていないが、その鋭さに相手は何度も崩された。

いかにもスポーツマンの天然紫髪のレオならともかく、
このスケベの元・金髪ラフィがこんな才能を隠していたということにも驚いた。
・・・・むしろ、彼らがエジプトに行く前にレオナルドと一度バスケをしたイアンからすると、
日々鍛錬しているレオよりもラフィのほうがかなり運動神経は抜群であることがわかってしまう。
s3-20[22]
最後の1人がいよいよ追い詰められて小さなナイフを慣れない手つきで取り出した。
アレックスが反射で何はともかく相手を止めて息子を守ろうと動いた瞬間に、
ラフィはたじろぐ事もなくその日一番鋭い蹴りで相手を武器ごと伸す。
3人の男たちはとうとう反撃を諦めて、そのまま助け合うこともなく散り散りになって逃げてゆく。
そこで初めて「ふうっ」とラファエルがひと息つくが、今のケンカで身体がダタついてる様子もない。

男にナンパされ、息子に助けられ、息子が刺されるかと思ったが無事圧勝というハプニングの目白押しに
アレックスは茫然自失。魂が抜けて地球の裏へ出かけた。

「ああ、かわいそうに。怖かったんだね」
「・・・あ~・・・・・・ アレックス?大丈夫か、お前・・・・・」

イアンが呼びかけたのは、勿論女の身体になってるほうの本物のアレックスである。
しかし反応したのはケンカ直後のラファエル。

「!そう。俺の名前は知ってるみたいだね。2人とも驚いたよね。そこに住んでいるアレクサンダー・サウスだよ」
s3-20[24]
天使の名を冠するラファエルは”美女”を前にしてウィンクと共に堂々と大嘘をついた。

俺の顔で、俺の名前で、俺の息子が、一体何をやっている。
アレックスの魂が戻ったが、ぱくぱくぱく、と呼吸する方法を忘れたようにアレックスは酸素を吸えてない。
これはマジでアレックスが死ぬぞと思うがイアンも頬が引きつって言葉にならない。
ラフィは、そんな様子のアレックスを恐怖ゆえと捉えたようで慣れた仕草でそっと寄り添った。

「不安になるのはしょうがないよ。このまま俺がそばにいるよ。家まで送るね。君の家どっち?」
「ラファエル貴様!父親の名前と顔を使って一体何をしている!!」
「っ、わあーびっくりした~。あれー、なんで俺バレちゃったー?」

大げさなリアクションではないもののアレックスに怒鳴られた当のラフィは嘘を悪びれることもなく飄々と笑う。
イアンは腕を組んでゲンナリしながら、

「ラフィ、お前が口説いて持ち帰ろうとしてたのがお前の父親のアレクサンダーだ。バカ」
「・・・・・・ え? え?? あれ、ところでなんか君ってさ」
s3-20[20]
「似てるんだろ、ダニエルに。礼は言うが、こっちに鞍替えはすんじゃねえぞ」
「・・・・んっ!?まさかイアンっ!?」

未来からやってきたラフィでも、この珍事は初耳らしく目を丸めて情報処理のためフリーズしてしまった。




→第21話






第19話 ジョンとマーガレット AnimaⅧ

←第18話


現在。
マーガレットは今回のイアンとアレックスに起きた珍事の収拾のために、
誕生日にもかかわらずタラ教授が来たお詫びと御礼にと食事に誘った。

「おめでとう、タラ。友情と娘の恩師にすっごい感謝」と、グラスを掲げると
「ヴィンテージのシャンパンにドレス?すっかりセレブママだな、マーガレットよ」と流れるようなからかいが返ってくる。
s3-19[37]
「そこは素直に褒めてくれてもいいんじゃないの。庶民がネット使ってお店探しまくったんだから!
 今住んでるところじゃ、スーパーの安いスニーカー履いてるだけで玄関ホール中の視線が集まるんだよ。面倒臭い世界」

娘ダイアナがサウス家の養子になり、さらにイアンと結婚してたことで住処は安全性が優れている高級マンション、
さらには生活費などというレベルでない保証も当然あり、巻き込まれる形でセレブ界へ放り込まれた。
マーガレットがそんな生活について悪態をつける存在はほぼおらず、タラ教授は貴重な存在だ。

「実にくだらなぬな。金なぞ有りすぎると悩む楽しみがなくなる。何事も程よく飢えてるのがよい」
s3-19[38]
「ほんと人間、普通が一番だよ。いまあたし職探ししてるんだけど学歴も資格も目立つ職歴もないし、中々見つからないの」
「今は売り手市場だろう?スーパーでも本屋でも店員をすればよいではないか」

生活のためではなく社会動物として仕事がしたいマーガレットの気持ちを汲んでタラ教授が言う。

「苗字と顔でダイアナの親ってバレて、2回面接で断られてるの。ご近所のひとには募金集め?パーティとか誘われて、
 そういうこと皆してるんだよね。でもあたし興味ないしさーぁ。━━ あ~~~、も~~~誕生日なのに愚痴ごめん」
「気にするな、お前の本音は楽しい。それで最近ジョンとは会ったのか」

マーガレットは止まって、「先月ね。同じ本読んで、読書会みたいなことをしたよ」と呟いた。
s3-19[41]
そう。
なんと実はジョンとマーガレットの話はまだ続いている。







『マーガレットは夜の仕事で君はいつも家にひとりで残されてたらしいね。
 苦労もあったんだろうが、さすがに子供が育つには少々相応しい環境とは言えな』
『は!? 種撒くくらいしかしてないくせに、お母さんのこと何か言えると思ってんの!!?』
s3-18 (2)
このとおり娘ダイアナとジョン・サウス議員の初対面が見事なケンカ別れとなった翌日。
母に会うなと言われたもののジョンは別にそんな通達を守ることもなく、
二十数年ぶりにジョンとマーガレットはブリッジポートで会っている。
s3-19[5]



「久しぶり」
「・・・・・久しぶりだね、マーガレット」
s3-19[6]
ジョンはかつてマーガレットがサンセットバレーのキャバレー歌手としてどんな仕事っぷりだったのかは調べさせていない。
・・・どんな客をとっていたのかなぞ知りたくもないと。
元は公爵家当主として議員として壮年の男として、世の中を広く見れていると自負のあるジョンであれど、
結局のところ人の常識なんてものは所詮その人間の周辺が基準でしか作られない。

そのためかつてよりも年を重ねたのにもかかわらず、
不思議と美しくなったマーガレットを嫉妬と悲しみの思いで見つめてしまう。

「なーんか、久しぶりすぎて照れるねえ!ジョン。・・・お互い老けたし」
s3-19[7]
「・・・・老けたといえるのは私だけだな」
「そうかな」

皮肉っぽく響いてしまうイントネーションの、このジョンの婉曲な褒め言葉をわかる人間は
相変わらず少ないんだろうかとマーガレットは微笑む。

「昨日ダイアナと会ってみてどうだった?
 あのコ、あたしには普通だとか言ってたけど電話で妙に早口だったから、な~んか嘘ついてるみたいだったけど」

その問いに昨日ダイアナが強烈に言い放った一言がまたジョンの脳裏に巡る。
”種しか撒いてない”。
ジョンはぐうの音も出なかった。
生まれてこの方言われたことのない罵倒にジョンは唖然としてしまってダイアナが退出するまで言葉を紡げなかった。
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「ダイアナさんには『私は父親ではない』と見事に嫌われたよ。君にも会うな、ともね。
 彼女が言うとおり、親らしいことは何もしていないから当然だね。
 遠ざけていたとはいえ、それなりに父親をしてやったつもりのアレクサンダーにすら好かれてはないから無理もない」

歳を重ねたジョンは相変わらず他人事のように言う。
男というものは30を過ぎたら成長はしないのかとマーガレットは「ああ、もおー」と肩の力が抜けに抜けた。

「つまりダイアナにもその通りにやったわけだ?」
「私はいつもの通りだよ」
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涼しい顔でジョンは自ら紅茶を注ぎ、マーガレットへ提供した。
昔のこういう部屋での逢瀬でもホテルの執事がいたものだったが、それすら人払いされて本物の密会となっている。

「ダイアナはね。勉強が出来るのは置いといて、母親からすると結構おバカで分かりやすいところがあるんだ。
 ・・・昨日結婚式の準備の話題で『あたし、絶対結婚式で歌ってもらうから』って妙~に鼻息荒くしてたんだよね。
 それが関係してる気がしてるんだけど?」

暗に”私が歌手してたことを悪くいったんじゃないの”、という指摘にジョンは静かながら電気のような怒気を発する。

「・・・何故そんなことをするまで私に言わなかった」
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「はあ・・・・?」

なかなかマーガレットはこういう子供っぽいキレ方はしないが、ジョンの台詞は頭に来た。
そして、まるで低俗なチンピラじみた返事を零したマーガレットの態度には彼もまた頭に来る。

途端、時間の隔たりなどなかったように20年以上前のことを巡って凄まじい怒鳴りあいになった。

私はそんなに頼れない男か。
頼れるわけないでしょ。そもそも私のこと実際追いかけても来ることすらしなかったのに偉そうに何言ってるの。
あんな居なくなり方をしてカメラにまで伝言残していたからだろう。追えるものか。
それでも本気で心配なら追えばいいじゃない。結局ダイアナが跡継ぐってなった途端に会おうとか虫が良すぎると思わない。
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最初に終わりにするときには君からと言った手前追うわけに行かないだろう。囲わせ続けろと言いに行くような男だと思うか。
大体なんで私がブリッジポートまで出てこなきゃいけないのよ、あんたが来なさいよ。
今は議会の開会中だ、その間は私はここを離れられない。
議会だあぁ?政治家なんかしょっちゅう仮病してるじゃない。私の娘と、私に関わる問題なのに仮病のひとつも使えないわけ。
私はそこらの安い議員とは違う。背負っているものがある者には義務というものがある。
ああそう、じゃあ世界で一人しかいない父親の義務はどうなるってのよ。いつも二の次にして頂いて、どうもありがとう。


ここでマーガレット、なんとハイヒールを脱いでジョンの足元に投げつける。
21年分のケンカはますますヒートアップしてゆく。


一体何をする。そういう悪い染まり方をするから、食べていくためでもあんな店で働くなと言うんだ。
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ぶつからないように投げただけ有り難いと思えば。そもそもあんな店って何よ、あの店じゃただ歌っただけよ。このエロオヤジ。
エ・・・ そうであっても。私を頼るまいとして、する仕事か。
そんなもの、あたしが決める。事実一緒に働いてた友達のほうが、あんたよりずっと育児のこと助けてくれてたから。
私たちの娘をキャバレーの連中と付き合わせていたのか。
ばかみたい。皆普通だよ。あっちこっちで女買ってるから変な目でしか見れてないだけでしょ。くだらない偏見だよ。
私が女を買うだと。この私は自分では誓って、そんなことをしてきたことはない。
うそっ。うそばっかり。最初あたしと会った時だって誰でも良かったじゃない。偉そうに自分ばっかり高潔ぶらないでよ。
うそではない。そもそも私はあれ以来していない。君が何も言わずに居なくなって、私がどれだけ傷ついたと思ってる。

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年配のジョンのほうがもうケンカはお終いだとソファに腰掛けて、ひと呼吸ついた。
ジョンにそんな吐露をされて、マーガレットは適当な冗談ぽく笑おうとする。

「うそ。あ~・・・・年齢的に出来なくなっちゃった~とか。なんでしょ?」
「機能的な問題じゃあない。心情の変化だ、マーガレット」
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マーガレットに”捨てられ”て以降、当時男盛りといっていい年齢だったのにもかかわらず
ジョンはもう今更遊びで女を抱く気にもなれずだった。
対してマーガレットといえば、
その時その時でダイアナに悪影響のない範囲で付き合った相手はちゃっかりいてきたので気まずい。
友人ともよく話すが、こういう面は男のほうが不器用で引き摺るケースが多いというけれど。

無言のまますっかり冷たい紅茶を口に含み、少しだけ互いに落ち着いた。

「・・・さっき、育児のこと。何もしてないって怒鳴ったけど、あれ、ウソ。お金が必要で、ジョンのプレゼント全部売ったの」
「・・・・そうか」
「あれがなきゃ、ここまでダイアナと来るのなんて絶対に無理だった。・・・・こうなるの、分かってた?」
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「何かの助けになればとはね、思ってはいたよ。 かといって金を渡すのも違うだろうからね。換金しやすいものにしたんだが」
「だったみたいだね!オーダーの変わったやつじゃなかったから全部鑑定が簡単で・・・すぐにお金になったんだよ」

ジョンの考えが、やっぱりそういうことだったと答えが分かって笑ったあと、
マーガレットは当時の気持ちが涙と共にせり上がりそうになるのを飲み込む。
でも違う涙が出た。結局ダイアナはサウスの家に関わる羽目になってしまったのだ。

「~~~ ・・・・あのときっ・・・別れたの間違ってなかったはずなのに・・・全部無駄になっちゃった気がするよ。
 あたし、ジョンが、あれだけ家のこと嫌ってたからっ・・・ダイアナには関わらせたくなかったのに・・・あたし、何のために」

「大丈夫だよ、時代は変わる。アレクサンダーもいるし、ダイアナさんが継ぐとしても何十年も先だ。
 関わらなければ慣習も文化も私の代で消える。アレクサンダーも好き放題してるだろう?君の心配も杞憂となるよ」
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昔のように抱きしめたりはしないが「私が請け負うよ」というジョンの声がマーガレットを暖かく包む。
しかし結果助けられたことになっても彼女にはアレックスに対しては複雑な思いがある。

「あたしは・・・・いまアレックスが結局ジョンに家のこと全部押し付けて暮らしてるのは・・・ひどいと思ってる」
「アレクサンダーは生来、人の顔色を見過ぎて自分を抑えるきらいがあってね。性格は似てないが性質は私に似たんだろう。
 今くらい好き放題して我を出しているほうが親としては安心しているんだよ。
 家督も箔をつけてやるためだったし、50代の私を本物の隠居扱いさせられても正直困るというものだよ。マーガレット」

アレックスの話題が出て、また沈黙。
先程マーガレットは『いつも二の次にしてくれてありがとう』という一言をとうとう言い放ったのだ。
いま同じことを考えている中でジョンが口火を切った。
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「・・・・アレクサンダーが爵位返上と王室周辺の法律を変えたが・・・・ あんな方法があったとはね。考えたこともなかった。
 気付いたときにはただただ驚いたよ。戻ってきて随分強気な男になったとは思っていたが、あそこまでするとはね」
「・・・・・・・」

ジョンだけはその力を使って何故アレックスがあんなことをしたのか、今やエリンの正体も含めて真相を知ってるが
マーガレットは知らない。
けれど娘ダイアナがイアンに巻き込まれるとどうなるのかを目の当たりにしたことで
アレックスは異母妹のダイアナだけじゃなくエリンも含めて
サウス家に関わらせたくないということだったんじゃないか、というのは分かっていた。

「マーガレット。私は、君が私の元から去る前に、君のために同じことを出来なかったことは最期まで悔いるだろうな」
「・・・・・・」
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もし仮にジョンがマーガレットのためにアレックスと同じことをしていれば
2人はもしかしたら今のアレックス夫妻のように結ばれる道もあったのかもしれない、ということだ。
ジョンは愛していた自分のためにすら、周りに逆らうことをしなかった、できなかった、考えてくれたことすらなかった。
マーガレットの涙はしばらく静かに流れ続ける。
でも、それでいい。

「・・・でもね。ジョンがそういうことが出来ないひとだから、あたしは好きだったんだと思うよ。
 自分よりも皆のために、求められるまま暮らしすぎて疲れてて。顔怖くって、ひどい口下手で誤解されてばっかで・・・
 すごいひとなのに、何のとりえもない普通のあたしを必要としてくれて、甘えてくれたのが嬉しかった。嬉しかったの」
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「・・・・。私は、自分が特異な世界で生まれ、さらに特異な環境に育ったのは分かっている。
 だからこそ君でいうところの『普通さ』に惹かれたんだろう。自分が得られてこなかったものを君にすべて満たしてもらってた。
 30をとうに過ぎた男が同じ歳の学生のように熱を上げて、毎日次会うことだけを楽しみにしていた。
 それが実に、本当に楽しかったよ」

今でも夢見る心地で遠い日々を彼は良く思い出す。
もちろん、マーガレットも。

「あたしが間違えた?あたしが、ジョンを信じて、・・・逃げないでちゃんと飛び込んでたら変わってた?」
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「どうだろうね。君が間違えたのならば、私は君に私の事を信じさせられなかったし、ないがしろにしていた。
 情けなさすぎる過ちだ。・・・・・こういう仮定の話は私には非常に辛いものがある」

ジョンは空気を揺らがせる程度に苦笑を零す。

「アレクサンダーがやったことは私と妻との夫婦関係も法的に終わらせることもできるようにしたんだがね、マーガレット」
「・・・うん。そうだよね」
「妻と別れた場合になんだが、君は」
「それはね、実は飛行機の中で考えてきた。ムリだと思うんだ。ムリムリ!」
「・・・・。即答だね」
「だって、ジョンって燃えるゴミの出しかたも分からないでしょ?うまくいきっこないよ!」

マーガレットが笑うと、ジョンも首を振りながら「女性は男よりも現実的だとは言うがそう来るかね」と彼にしては大いに笑った。
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自分は彼女のこういうところを愛した。ジョンはそれがいまも変わっていないことを実に嬉しく愛おしく思う。
そしてマーガレットは笑いをすぐ引っ込めて真剣な声音で、

「付き合ってたの1年未満で、別れて21年、22年だよ。あたしも変わったし、ジョンも変わったよ。でしょ?」
「若かった君からしたらそうだろうな。しかし私くらいの歳になると変化は少ないものだよ」

今のジョンの返答を翻訳すると、『君が変わろうとも、僕は変わらず君をまだ想っているよ』 
━━ この、アレックスなら笑顔で平然と言ってしまうだろうセリフを言えない彼に、マーガレットも愛おしさを覚える。

「っていうかね。そもそも奥さんとは別れてから言おうね。あたしはもう二度と不倫はしない」
「私だってするつもりはないよ。もうあれと別れることは決まっていて作業を進めている。財産分与の煩雑な手続きの関係で、
 2年程かかるだろうがアレクサンダーにも電話で知らせたが平然と『やっとだね』とだけ返されたよ」
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「・・・そっか。あと、やぱりアレックスとかダイアナの手前、焼け棒杭に火がついたってのもね。
 せっかくダイアナはアレックスの妹じゃないって記者会見で発表するんでしょ。
 愛人と元鞘したら全部バレるよ?」
「周りのことはどうでもいい。私は同じ過ちはもうするつもりはないよ。もう50代でもあるからね」

自分は何も変わってないと宣言していたがやはりジョンにも変化は訪れている。
昔と同じ過ちは繰り返さないと彼から静かな熱を感じられた。
マーガレットは「ゴミ捨てとかマスコミへの公表とか、そんな現実もどうでもいいようになるといいね」と微笑んだ。
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なんのしがらみもない場所があればいいのに。
ダイアナという娘が再び自分たちを再び結び合わせたけれど、娘を想うからこそ簡単に戻れない事情が自分たちには多すぎる。

「ジョン、デートじゃない、ただの食事とかをする・・・お茶飲み友達程度にしておこう?」
「・・・。そうだね。でもちょうどいい。ダイアナさんの思い出話を聞かせて欲しいと思っていたんだ」
「うん。そう言ってくれて嬉しい」

しかし昨日、当の娘ダイアナはジョンとは決別してしまっている。

「ダイアナのことだけど、少しあたしが話そうか?ジョンてば言葉足らずで分かりにくいから、ちょっと誤解されてると思う」
「誤解ではない。彼女の前で君を侮辱した、私にそういうつもりがなかったとしても彼女には事実だ。これは私と彼女の問題だよ」
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「あ~そ~。ジョンがそこまでカッコつけるなら助け舟もう出さないけど、
 言っておくけど、あたし娘が嫌うひととは付き合うつもりないから、そのつもりでね?歩み寄る努力はしてよね、父親なんだから」

きっぱり言い放つマーガレットの言葉には、やはり母の強さが加わっている。
同性の息子達とですら上手く付き合えてこれなかったのに、昨日が初対面の娘でさらにはマイナス好感度からのスタート。
ジョンは非常に困難な政治問題のように眉根を苦しそうに寄せながら「努力はしてみよう」と呟いた。
そもそも娘と二度目の面談自体が相当難問である。

帰り際、マーガレットは愛情ある声で言い残した。

「あとね。ジョンは髭は無いほうが可愛いよ」
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結局ジョンは娘ダイアナの結婚式には招かれなかった。
しかし、こうした経緯で数ヶ月に一度、不定期に我が子の思い出話に華を咲かせる秘密の友人ジョン・サウスができた。
元鞘には戻っていない。酒も飲みかわしていないし、手すら握っていない。
しかしマーガレットはこのジョンを理由にイギリスから同じ国内のサンセットバレーに戻り、ジョンは髭を落とした。









「読書会とはな。老人ホームの爺婆のほうがもっと生々しい恋愛をしているぞ、マーガレット」
「でも結構面白いよ。あのジョンにあたしが中学生のとき読んでたやつ読ませたりしてみちゃったりしてね」
「サウス議員がティーン小説とはな。表紙を隠してコソコソ読んでる様を想像するだけで笑えるが、
 ・・・・お前たちは何年そんなことを続けるつもりなのだ?」

結局、初対面から2年ちかく経った今もジョンとダイアナ父娘は再会をしていない。
マーガレットがこんな風に娘にも伏せて彼とまた会っているなんて夢にも思っていないだろう。

「さあて、どうしようかね。そのうちそのうち、って思ったけどダイアナは今妊娠して大変そうだしさ~」
「そうやって次はダイアナに赤子がいるから、子供がいるから、子供が増えたからと、お前は言い訳を続けるのだろうな」
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「それの何がダメなの?娘に全部自分の恋愛の話するわけでもないし。
 アレックスなんかは実は勘付いてるかもしれないけど。・・・正直いまが一番楽だし、たのしいんだよ。変えたくない」

ジョンは今月離婚する。
しかしジョンとマーガレットが正式に関係を持つということは、議員である彼、旧公爵サウス家にも関わるということだ。
また娘を一番に考えて、せっかく良い関係の唯一の兄であり正妻の息子アレックスと娘ダイアナとの仲に
波風も立てなくない。
この2つがマーガレットには大きいため、ジョンもまたそれを尊重してプラトニックな関係が密かに続くこととなってしまってる。

「誤解をするな。責めているわけではない。そのままジョンが墓の下に行ったあとは女同士でよろしく老人ホームで過ごすとしよう」
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「タラ。それ、あたし結構本気でいいって思ってるんだからね。ただ住むなら海外はイヤだから、そっちがこっちに来てよね」

マーガレットにはタラ教授はもちろん気持ちは明かしていない。
腹心のシムボット・アルテイシアを除いて他人に明かしてもいない。
親友という顔のまま、
途中下車の感覚で他の男や(時には女とも)恋愛を楽しみながらタラ教授は気長に気長に待つのだ。

「独身でいることを恐れる心配はないというのは、なによりの誕生日プレゼントだ。老後を楽しみにしているぞ」
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途中でマーガレットとジョンが結婚することもあるだろうが、それでもよいのだ。
どうせ女のほうが生物的に長生きするように出来ている。

タラにとっては女の寿命の長さだけが唯一ジョンに対抗できる武器だ。



→第20話





第18話 マーガレットⅣ AnimaⅦ

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マーガレットが妊娠すると明かした友人は諦めろと言い、
両親は相手の男のことも一切明かさないうえに子供を諦めないなら知らぬと縁を切られた。

「相手の男も逃げちゃったんでしょ?学校辞めて、どうやって暮らしてくの!?」
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当然ジョンは逃げてなどいないし妊娠すら知らないがマーガレットは妊娠を知らせた皆にそう説明していた。
ジョンとの不倫関係が始まってから平然と嘘を切り貼りすることを覚えた。

「考えてみる。あたし宛の郵便、しばらくは色々来るかもしれないけど全部受取人ナシ扱いで戻しちゃっていいから。 
 あとね、お願いだから妊娠したことは誰にも言わないでね、ホント。・・・・面倒になっちゃうからさ」
「ねえ・・・・まさか相手の男ヤバイ奴じゃないよね?」
「そう・・なんだ。あんたに迷惑かけたくないし。あたしは出て行くから。黙ってれば平気だしさ。落ち着いたら連絡するよ」
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相手がそんな男だなんて、と友人の瞳に初めて、微かな侮蔑の色が帯びた。
それでいいんだ。連絡するというのも、もちろん嘘。

十年以上前に女王陛下がテロで亡くなって以来、この国のカラッポの王家と、補うように機能している公爵家。
もしマーガレットのお腹の子が女児だったら、既にジョン夫妻のもとにいる男児の双子を飛び越えて
サウス家の後継者となる子であり、さらには王位継承権もあることになる。
ジョンが囚われて苦しんでいる世界に、お腹の子は置かない。
現に彼は双子ですら国外の学校へやって少しでも、あの世界に縛られないようにしてる。
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そしてマーガレットのなかに確固として育っていた愛人の傲慢もあった。
愛人だけどジョンが本当に愛してるのは私だし、
この子はちゃんと愛し合ってできたた子なんだから、と。

ジョンには絶対迷惑かけない。親も友人も頼れない。
学生のマーガレットの貯金なんか、ちょっといい服を数枚買える程度しかない。
そうなると身の回りのものを処分しないとならないと、縋るような気持ちで都市の店を回った。

「全部でいくらになるか見て欲しいんですけど、どのくらい時間かかりますか?今日中に売りたいんです」
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「・・・まあ2時間ほどいただきたいですが・・・大体1000$くらいですかねえ」
「そんなわけない。若いと思って誤魔化さないでください。
 買う気がないならいいですけど、もしあるなら他の店とも合見積もりしにいきますから1時間で鑑定してください」

合い見積もり、なんて言葉は当時学生だったマーガレットは元々は知らなかった。その意義も。
でもジョンとの四方山話で教えてもらったことは彼女を救った。

こうして彼から贈られたものを全部まだ見ぬ赤ちゃんと今後の生活のために掻き集め、
店を歩き回り、見積もりを取って回って、一番高く買い取るという店に売り払って、
そして金だけがマーガレットの手元に残る。

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『これでも何かの助けになるよ、マーガレット』

婚約指輪が高価なのは男が死んでも残された家族を経済的に支えられるようにという説がある。
自分は煌びやかな装飾で飾られて見せびらかされるような種類の愛人ではなかったのに、
ジョンはいつも何かをくれた。

最初ははしゃぐ気持ちのまま大荷物のプレゼントの山。
しかし次からはどんどん贈り物のサイズは小さくなったものの総額は変わらないんじゃないかと思うような、
小ぶりで一見ハデ過ぎないアクセサリー。

(もしかするとこうして何かのときには役に立つようにって、・・・・考えてくれてたのかな)
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マーガレットが街を出るときには人生で見たことないような金額の小切手が残る。

お金で愛情の過多は測れないが、
この事実はますますマーガレットへの愛情の重さを示しているような気がした。

彼の愛情と思い出を売り払って、泣きそうになりながら銀行口座に全額入れた。








その週、初めてマーガレット宛に送った手紙が『受取人不在』扱いで、非常に遠回りのルートを経てジョンの元へ戻った。
試験期間の逢瀬はきちんと把握したうえで避けていたし、招いてもマーガレット側の都合で来れないこともあった。
しかし、こんな事態は一度もない。
受取人不在とは、いったいなんだ?
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前回の逢瀬もいつものように切ない幸せのまま別れただけに訳が分からず、
ジョン・サウス公爵はその力を使ってすぐにマーガレットを捜させる。

すると彼女がもう大学を辞めて学生寮も出ているという事実はさらにジョンを混乱させ、心配させた。

この当時のジョンは運輸省関連の委員会の議員の一人で公共交通機関への影響力があったので、
そのルートから彼女の足取りを辿らせる。
まず無事な姿を確認したいという意図のもと、最初に手に入れたのは
マーガレットが住んでいた都市の駅についている防犯カメラが見つけた映像だった。

暇そうに時間を潰しているらしいマーガレット。なのにありえないことが起こる。
画面越しにジョンと目が合ったのだ。
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いや、つまり彼女は駅の防犯カメラを見つめている。不自然に長く、数秒経って彼女の微かに唇が動いた。

『さよなら』

ジョンが運輸省関連に強い立場を使って、こうして彼女を追跡するだろうと予測してたのか、
戯れに映画やドラマっぽいことをしただけか。
彼女は暫くすると画面の外へ消えると、ジョンはテレビの電源を落として暗い画面を見つめたまま固まった。

マーガレットと愛し合っていたのは確かだが、いつかは終わるはずのものというのも分かっている。
若い彼女を苦しめていなかったわけがない。

しかし彼女は私と別れるために学校すら辞めなくてはいけなかったのか。
こんな逃げ方をしないと別れられないようなことを自分は愛のもとに強いていたか。
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「君の言う通りにしよう」

次の瞬間、ジョンは手元にあったマーガレットの足取りが載った調査報告書を読まずに捨てる。
彼女が望んだとおり、彼女を自由にすることが最後の愛情表現なのだと考えたからである。
そしてそれは一番最初に彼女に誓ったことでもあった。終わりにしたいときは彼女から。
愛人として居続けてくれなどと引き留めていいわけがない。

こうして鮮やかな赤毛と共に、彼の世界から色が消えた。





マーガレットは色々と調べながら転々と移動し、人口減少のなか育児支援に力を入れてるという田舎町に流れ着いた。
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『幼馴染で銀行員だった夫が身重の自分を置いて先立ってしまった、自分にはもう身よりもない』という大嘘で、
この純朴な街にすんなりと馴染み、好意的に受け入れられた。

もちろん妊娠出産の大変さはとんでもなかったが産後のほうが大変だった。
産後で思うように動けないのに、自分では呼吸くらいしかできない昼夜のない赤子を一人で抱えて、
親切な近所の助けだって限りがある。
そこを救ってくれたのは例のジョンからのプレゼントを換金した大金の蓄え。
金は幸せにはしてくれないが不幸を防ぐことはできた。

田舎町のアパートの半地下のワンルームで母子2人きり。
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基本は平凡よりも慎ましい生活をしながらも、金でどうにかなることはサービスだのを頼って苦しい時期を乗り切り、
周囲には『亡き夫が残してくれた、わずかな保険金で助かってます』などと嘘をまた重ね、さらに周囲の同情を集めた。

その頃にはジョンと自分たちについて嘘をつくことになんの抵抗もなくなっていた。
皆安心できる理由があれば、それでいいんだ。



まだマーガレットも理由は分かっていなかったがダイアナは言葉を覚えるのがとても早かった。
ちょっとだけ育児の余裕が出来てきたころ。

「まーま」
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「はいはーい、なあに?ダイアナ」
「しゅきよ。まーま、いちばん。しゅき」
「・・・・うん・・・・」

いちばん、なんていつ覚えたんだろ。
娘ダイアナに言われた瞬間、マーガレットはジョンとの別れ以来はじめて声を出してわあわあと泣いた。

私はずっと何かの一番になりたかったの。
特別な何かになりたかったの。
でもジョンですら一番にしてくれなかったの。
それをくれて、ありがとう。ありがとう。

「ありがとう、ありがとう。ダイアナ、好きだよ、ずっとずっとママの一番だよ!大好きだよ!!
 ママ絶対ずっとずっとあんたの味方だからね!!」
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「・・・・・・ ワギャアアアアアアアーーーーーーー!!!!ワギャアアアア!」

まだ『嬉し泣き』というジャンルを理解できていないダイアナ、
大好きなママの泣きっぷりに本気泣きしてしまったがマーガレットは幸せを噛み締めた。

母一人子一人の田舎での平和な幸せは
ジョンが間接的に与えた貯蓄のもと支えられ続ける。

しかしダイアナが世話になっていた自宅学校をしていた老人が引退することを機に
娘の入学のことも考えてマーガレットはジョンの拠点ブリッジポートとは真逆の方角の都市サンセットバレーに住むようになる。

都市部は支出額が大きい。
ジョンからの贈り物を売った蓄えを含めて考えても、割のいい仕事を探さなければ生活はできるだけで
娘ダイアナの進学を考えると心もとない。
引っ越してきた時点で、まだダイアナの特異性に気づいていなかったマーガレットは
自分が中退しただけに、娘が希望したら大学は奨学金がとれなくても入学させてあげたいと焦っていた。

金銭の救いのありがたさを身を持ってしっていたマーガレットが出会ったのが、
スターライトショアでバーテンダーをしているという近所の住民。
雑談から職探しの話題になる。
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「娘さんに歌ってやってんの聞いたけど、あんた歌うまいよね。ちょっと素人っぽくないレベルで。歌手とかできるんじゃない?
 スターライトショアだと遠いだろうけどサンセットバレーでも結構募集多いよ」
「えっ~・・ダメダメ!歌手ってほら・・・ お客さんと寝なきゃいけないとか色々あるじゃない」
「はあぁッ!?アーンタ、なーに言ってんの?どこの売春クラブの話?!そんなのアタシ、聞いたことない!」

ひとりの母親といっても世間的にはまだ若いマーガレット、そして世界を知ってるといっても狭い階層で生きるジョン。
当たり前ながら世間には性接待せずとも純粋に歌を求められる店が溢れていて、
マーガレットは大笑いされた。
自分とジョンもまだまだ狭い世界しか知らないということにマーガレットも一緒に笑った。笑うしかなかった。

「そうかあ・・・調べてみようかな。ダイアナとも話し合って考えてみる!」
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娘ダイアナもひとりで留守番できるようになり、普通の昼間の仕事よりも報酬もかなりいいので、
マーガレットはキャバレーの歌手の仕事につくことに決めた。
これには一番のファンを自称する娘ダイアナがいちばん喜んだ。






こうしてマーガレット母子がささやかな幸せを育んでいた間のジョンの人生は色を失うどころではなかった。
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まずサウス家の双子の長男ウィリアムが自動車で事故死。
さらに次男アレクサンダーが『キャサリン』と正体を偽っていたエリンと共に船で事故死。(後に偽装と判明したが)
子供たちにすべてに先立たれるという暗闇の人生となり、妻ヒルダとはその悲しみを共有できる唯一の存在となった。

当然マーガレットもそれらのことはニュースで知っていて親になったけに余計に心を痛めてはいたものの、
娘ダイアナを一番に考えて、やはりサウス家には関わらせたくないと生活を続けていた。

そして、「サウス家断絶もやむなし、もはやどうでもいい」といったサウス家当主ジョンの代わりに奮起したのは
公爵家を存続させるために嫁入りしてきた彼の妻ヒルダ。
やはり養子しかないと考え、もしやと思ってジョンの過去の女を調べつくした末にダイアナの存在が判明して
誘拐未遂事件へと発展してしまった。
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”何故か”ヒルダの雇った人間たちは幸いにも失敗し、表沙汰にもならずダイアナは即日マーガレット宅へ帰ったらしい。

そんなヒルダの不穏な動きは当然ジョンの耳に即入り、
まさかの娘がいたという事実でマーガレットが姿を消した答えが十数年ぶりに分かった。
ジョンは静かに激昂する。

「ヒルダ、お前がそこまで愚かだったとは・・・あんなやり方で本当に養子に迎えられると思ったか」
「わたくしなりに考えと作戦もあったことです。そもそもヨークという女も金に困って、あんな店で歌手などしているのでしょう」
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もちろんマーガレットはサンセットバレーでも本当に”ただの歌手”だったが、
ジョンやヒルダの層にとっては歌手などという仕事は売春婦まがいの━━・・・・・ ジョンはそれ以上、考えたくもない。

妻ヒルダのこの暴走は明らかに度が過ぎている。
彼女の胸中も理解はしているため、これ以上は自分が引き受けるべきだとジョンは目を細めた。

「もういい。これ以上はお前がもう何もするな。あとはすべて私が処理させておく。関わらないほうがいい」
「いいえ。いいえ!わたくしがやります!うまくやれるという弁護士もいます!さっさと引き取ってしまえばいいじゃないの!」
「・・・・いい加減にしてくれないか、ヒルダ。そうして振舞える地位も金も、そもそも私あってだということを弁えたらどうだね」

とうとうそこまで言われてヒルダは立ち上がる。
腹の底にある、マーガレットへの強烈な嫉妬━━ジョンについてではなく、1人の母としてのものが痛々しく叫びとなる。

「そりゃあ、あなた方はいいでしょうね!元気な生きている子供がいるのですから!!
 ちょうどいいじゃないですか、わたくしを悪者にして、英雄気取りで、華々しく娘を引き取ると迎えにゆけばよろしいわ!」
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ジョンはすぐマーガレット母子を庇護してやりたいと使いを出した。
すると翌日に死んだはずの次男アレクサンダーが紫色の髪をしてサウス公爵家へひょっこり帰ってきて大騒ぎ・・・・
というわけである。
妻ヒルダも、たかが庶民の中学生とダイアナの交友関係調査まではさせておらず、
まさか実の息子が妾の娘の近くにいることを関知できていなかった。
ジョンはアレクサンダーが生きているのが嬉しく、彼に釘を刺されたこともありマーガレット母子への接触は留まる。

そして、この次男が何故戻ったのかの狙いが分かる頃には政治的有事を方々で起こしたあげく、
最後にはサウス家当主やら全てをジョンに押し付けて、
これまたなんと実は生きてた(アレックスが戻った時に同時に判明はしたが)『キャサリン』ことエリンと暮らすために
次男アレクサンダーことアレックスは悠々とサンセットバレーへ旅立ってしまった。






それから数年。




ダイアナがイギリスに留学中、マーガレットはタラ教授とも顔を合わせる機会があった。
シングルマザーながら娘を常識をもって育て上げた『よき母親』マーガレット・ヨーク。
年齢が近く、タラ教授とマーガレットが親しくなってくると、常に『よき母親』面しか見せないのが正直鼻についた。
にこにこ素敵なママ?なんかできすぎて、つまらんやつだと。

一度くらい腹割って話してみようと親友の顔と酒の力を大いに使ったら、
こんなマーガレットの半生を聞き出せたという次第である。
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「それで結局実はまだジョンが好きなのか?マーガレット」
「え~どうかなー・・・・考えるだけで昔みたいにドキドキーとかは全っ然ないしな~!
 ・・・ぶっちゃけ最初にアレックスに会ったときもねー、『あっ ジョンに似てるっ』とかも思いもしなかったしさ~・・・
 すごい好きではあったんだけどな~ ・・・・ 正直ニュース観るのも避けてきてたし~顔覚えてるようで忘れてるっていうか~」

妙に言い訳じみたことをマーガレットはグダグダ語る。
タラ教授は「でも今まで他の男と結婚しなかったのは、やはり、どいつもジョン・サウス以下ではあったか?」と指摘した。
するとタラ教授が見たことないようなマーガレットの顔が初めてのぞく。
母親ではない女の顔。

「ジョンみたいに、私がいないと生きていけないんだろうなあってくらいの男のひとってさ、・・・・見つけるのは難しいよね」
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マーガレットは自身がどれだけジョンの逃げ場であり、幸せを分け与える存在であったかを十二分に自覚している。

そして不倫によって彼の妻も子もないがしろにしつづけた罪も、他人が思うよりも実は深く苦しんで悔いてないのだ。
だって自分がいなくっても彼ら家族はもうバラバラだったからと。
愛人になる女には愛人になるうるだけの業の強さがやはりあって、
『よき母親』のなかにある、この側面はタラ教授の心をうねるような不思議な興奮を持たせた。

「ジョンのことは心配はしてるんだよねー・・・生きるのが随分ヘタなひとだから」

ねえ、ジョン。まだ私がいないとギターは弾けない?
そして悲しい顔を見せるマーガレットには愛されたまま一方的に相手を捨てた女の驕慢さがあるが
彼女自身にはそんな自覚は一切ないようだ。
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「生きてはいるのだからジョンは平気だろう」
「そういうことじゃないのー、あんたってば~。分からない?」と、酒の入ったマーガレットは大げさに溜め息をつく。

タラ教授が酒の席に任せて、角度を変えて何度問い直しても、
純粋に「本当はまだジョンのことが好き」と言えばよいのにマーガレットは最後までそれだけは認めなかった。
不倫だったし、昔の二十年近く昔の話だし、私がいなくなったとき彼は追いかけてきてくれなかったし、
ダイアナとアレックスが仲いいし、などと頭の悪いことをぐちぐちと言い並べてるばかり。
なんて滑稽なんだろうか。

「あー、こんなのダイアナにも言えないしさー、タラに初めて喋っちゃったー。あ~あ~」
「他の人間にこんな全てを言ったら、お前を見る目は相当は変わるだろうな。
 良いぞ、マーガレット。普段はいい母親面してるくせになかなかの悪女っぷりではないか」
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マーガレットはきょとんとした後、大笑いした。
特別ではない凡人の自分が彼と結ばれるはずはないと諦めることを知ってしまっている大人の女のマーガレット。
他の男のもとへ進むことも、ジョンのもとへ戻ることもできない。
それはなんともいじらしく、日陰の愛人稼業がやはり似合うとタラ教授は思わざるをえない。

恋愛対象は男女問わないタラ教授は、
皮肉にも他の男を忘れられずにいるマーガレットの姿に恋をした。
恋はいつも愚か者がするものだ。


→第19話





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