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第12話 男の値段 Amina Ⅰ

※つわり表現ありますので飲食中の方は注意。なお症状・対処は人それぞれであり、当作品はフィクションであることをご了承下さい。

←第11話



ダイアナは妊娠を自覚した途端にツワリが始まった。
なので残念ながらアレックスの復帰記念には欠席し、忠実なるシムボット・アンドリューとお留守番。

そして体調がさらに悪くなる前に・・・と自宅の研究ラボにて休みながら
アンドリューに片付けの指示をしている。

「んもー・・・・せっかくいいところまで行ってたのにな~・・・・う~気持ち悪~い」
「すっかり口癖が『気持ち悪い』になっちゃいましたねえ。リズさんに借りてる漫画、途中でしたよね。寝室で読みますか?」
「文字読めないからいい~・・・うー気持ち悪~~~~い・・・・んもー・・・んもー・・・・」
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アンドリューは分かりました、と漫画の束を整える。

「オーナー、お昼ごはんは何なら食べられそうですか?」
「・・・・・。・・・・・りんご」
「はい、分かりました。漫画はリズさんに一度返しておきますからね」
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「うん、お願い」

そしてリビングへ行くとダイアナが「う・・・・・」と顔をしかめ、ヨロヨロとお手洗いへ歩いてゆく。
アンドリューは慌てて地下のラボから持ってきた瓶をテーブルへ置いて、素早く彼女に寄り添った。

「大丈夫ですか、オーナー」

この数日、果物とくらいしかまともに食べられていない。
どうして?食べないと赤ちゃん育たないんじゃないの!?栄養摂らせようよ、人体!もっと身体簡単に切り替えてよ!
・・・と、自らの妊娠体の矛盾を全身の細胞たちに訴えてもどうしようもなく・・・・。
早くも感情のふり幅も大きくなってしまっているダイアナはうっうっうっと半べそになり、

「つらいよ・・・こんな弱いんじゃ、あたしママになんかなれないよ・・・・」
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「大丈夫。大丈夫です、オーナーはとっても素敵な僕のお母さんですよ。ね、おちびさん?」

心配しつつも笑顔のアンドリューに励まされつつお手洗いへ。
そこへすっかり正装を崩したイアンとアレックス夫妻が帰宅する。

「ただいま。おーい」

ダイアナいるかー?と尋ねようとしたイアンの問いは、
お手洗いの方面から響くダイアナの「おえええええ」という声で止まる。

「・・・・またか。ちょうど薬が弱くなり始めるとアレが出るんだよ。夕方の薬前だからな」
「かわいそうに。風邪なら1週間程度で収まるけど、それよりも続くんだろ?」
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「ああ。場合によっちゃ産むまで続くんだと。終わればいいけど、こればっかりはどうなるか」
「そんなにか・・・」

心底ダイアナを心配したアレックスの呟きが響く。
エリンが記憶喪失のときにあった激しい兄妹喧嘩は、ケンカした当日にエリンの記憶が戻ったこともあって
アレックスが詫びる形で収まっていた。
言い合いしたとはいえ叱ってくれる存在をありがたいと思える程度には彼もちゃんと歳を重ねている。

「ダイアナが何か食べられるものは・・・・ああ、一通り揃えてはいるみたいだな」
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妹の食生活を心配したアレックスの言葉は、
キッチンにどっさりと盛られた高級スーパーの段ボールの山を見て飲み込まれた。
「あんくらいしか周りにはできねーからな」とダイアナに最善を尽くしまくっているイアンである。
そこで”まかせて!”とばかりにエリンが腕まくりのジェスチャーをしてキッチンへ乗り込み始めた。

「待て待て待て!目離したスキに何してくれようとしてんだ、お前!油断を隙もねーな!」
「なによ。せっかくだからスープでも作ろうと思ったんだけよ。妊婦さんだからハーブは使わないし普通のよ」

イアンが心配しているのはそこではない。

「ダイアナが1階にいるときはキッチンは使用禁止」
「どうして?」
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「すっげえ匂いに敏感になってんだよ。ディランみたいな目に遭いたくなければやめとけ」

そういえば1階にあった子犬のディランのサークルがごっそりなくなっている。
イアンの深刻な顔に、エリンも同じようなトーンになりながら「一体あのコどうしたの?」と尋ねる。

「今あいつはアンドリューの部屋で暮らさせてるから心配はすんな。
 まあ何があったとかいえば・・・一昨日ダイアナがじゃれてくるディランを抱っこしようとして前屈みになってだな。
 犬の匂いってのがあんだろ、あれで」
「イアン、皆まで言わなくていい。予想が付いた」

アレックスが首を振りながら本当に聞きたくなさそうにイアンの詳細描写を止めた。

「あんな地獄絵図見たことねーよ。
 ディランは悲鳴上げながらサークル脱走して逃げ回るわ、ダイアナは謝りながら大泣きするわ、
 アンドリューはパニくったディラン捕まえるために家具持ち上げまくるわ、挙句ディランは俺に飛びついてきてな・・・・」
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カーペットとソファを入れ替えさせたと彼が語る傍ら、
アレックスはダイニングテーブルからミネラルウォーターの瓶を手に取っていて「もらうよ」と声をかけた。

「ああ。俺も飲む。エリン、お前は?」
「私はいらない」

「だから少ししかお酒も飲まなかったのね、イアン。そういえば香水も付けてない?」
「そんくらいしか協力できねーからな・・・・できるのは買い物だの食い物どうにかすることくらいでな。
 抜本的な解決策なんざなんもできねえで、無力すぎて情けねえよ」

イアンは買い替えたての豪奢な家具や食材を身振りで示した。

「そう思ってくれる奴が傍にいてくれるだけで安心はできるよ、イアン」
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ダイアナの兄としてアレックスが微笑みながらダイアナの気持ちを代弁した。
そこへ大仕事終えてグッタリ・・・といったダイアナがアンドリューとともに戻ってきた。

「あ~~~おかえり~~~、みんな~~」
「おう。そろそろ薬切れてきたか」
「んー・・・・・」
「また渋ってんのか?ダイアナ、お前考えすぎなんだよ。医者が飲まして悪いモンなら出すわけないだろ。
 医者も言ってただろ、ストレスを貯めるな。いいから飲んで寝とけ」

カウンターにあった薬を手に取って、先ほど飲んだミネラルウォーターの瓶を手に取ろうとする瞬間。
聞いたこともないような大声で「ちょっと待ったぁッ!!」とアンドリューがそれを止める。

「イアンさん、テーブルの上の瓶はどうしました!?まさかそれ・・・・ そこの!テーブルにあったものを飲みました?!
 僕、そこに置いておいたやつです!」
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「・・・え"。 ラボから持ってきたやつっ!? イアン、あれ飲んだの!?」

ダイアナの顔がひきつる。
そして満ちるは、その瓶に入っていた水━━ではないらしい何か既に飲んでしまっている男2人の重い沈黙。
ふんわり美しい金髪を揺らしながら、既に数回の被害者となっているエリンなどはごくごく平然と、

「あら。今度は一体何を作っちゃったの?ダイアナ」
「えっ、あ・・・・・いやあ・・・・まあ、飲んでも普通にお風呂に入る分には大丈夫だし・・・イアンはちょっと暫く
 サーフィン我慢してもらって・・・」

「ダイアナ、俺も飲んだんだが一体何なんだ?」
「えっ?!アレックスも・・・・。うん・・・危険は一切なくてね。プールとか海とか水風呂とか控えれば平気だから・・・・」
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ごにょごにょごにょ。
よほどマズイものなのかダイアナは答えない。アンドリューも同様に目が泳いでる。
ここで察しのいいイアン、ちょっと眉を動かす。

「・・・・水か」
「えっ、あっ・・・いや~~まあ、だからね。あのね。あったかいシャワーとかお風呂は平気だから・・・・・ゴニョゴニョ」
「アレックス。間違いだったら許せよ。間違いじゃなくてもキレんな」

宣言したのと同時に、イアンはまさかという気持ちのまま何とコップの水をアレックスにぶっ掛けた!

「っ!?」
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「きゃっ」 
 「「あああああああああああああ━━━━っ!!!!」」

水しぶきに気をとられて可愛らしく叫ぶエリン、ハモるはアンドリューとダイアナの大声。
即座に顔が引きつるイアン。
一方でこのイアンがしてきた意味不明でありながら無礼な行動に、当然誇り高きアレックスはブチ切れる。

「一体何をする!」

反射といってもいいキレで、アレックスも自身のコップの水をイアンにぶっ掛ける!

「ッ!てめ」
「「あああああああああああああ━━━━!!」」
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ぼた、ぼたぼた・・・・水を掛け合ったとはいえ、ほんの少量。
互いに顔を見合わせながら・・・・・

「な、な・・・・な、な、な、なな、な」
「うそだろ、うそだと言えよ、オイ」

━━━━まとわり付く髪の気配と、
イアンの変貌にやっと自身もどうなったのかを悟ったアレックス。

男2名は壁に埋め込まれているキッチンの鏡へ我先にと駆けつけて
互いにもう一度、その姿を見合った。


















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そしてアレックスは床に崩れおちた。
イアンは鏡の虚像にぶん殴られたかとでもいうようにフラりと揺れて、揺れ・・・
小さく独り言を言い出す。

「俺は・・・俺はな・・・
 俺らの子供には世界一のオヤジになってやろうとか思ってたんだよ・・・・
 わかるか・・?その決意が・・・」

あらららら、とエリン。
夫に駆け寄ろうとするが「来るな・・・来ないでくれ、エリン」と指先まで震わせながら床に跪いている。
とうとうイアンが叫んだ。

「これじゃ世界一の美女だろうがっ!!!」
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イアンは堂々と世界一と言い切った。





事態をとりあえず、理解したイアン。
そしてエリン。
となると一同の視線が集まるのは勿論こんな状況を絶対に承服などできないであろう人物へ・・・・

「・・・・━━━━━━・・・・・・・・」

妻に完全に背中を向けた、
高潔なる(元)公爵の、自らに爪を立てている白い指はわなないている。
その表情はイアンの方向からも長い艶やかな髪に隠れて全く見えない。
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流石にまずいと「あ、あのね、アレックス・・・」とダイアナが呼びかけるが、
彼(彼女とは表記しがたい)はそんな妹に向かっても首を振るだけ。
さらには手のひらだけ向け、『今は・俺に・話・かけて・くれるな』と全身で訴えてきた。

その対応に、じわじわとダイアナの大きな目が潤んでくる。
今度はそちらにエリンとアンドリューがひえっと焦りに焦った。妊婦にストレスは大敵。
「わっ、わざとじゃないものっ!ダイアナ!事故よ、事故!!」とエリンが叫ぶ。

「僕のせいです!! オーナーは赤ちゃんできたからって、ちゃんと発明品を片付けようとしてたんですから!
 今夜すぐに廃棄場に行くからって適当な空き瓶に薬入れて、そこに放置したから完ッ全ッに僕のせいなんです!
 イアンさん、アレックスさん!!気が済むまで僕を殴ってください!」
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直後はさすがに動揺してみせていたものの、
そいつをダイアナへの愛ゆえに丸呑みしてみせるのは勿論イアン・グレンツである。

「っ・・・事故ならしょうがねえな!」
「そうそう!しょうがないわよねっ!!」

はっはっはっと発声は男らしいが完全に女のイアンの笑い声が、エリンのそれとわざとらしい明るさで重なる。
そしてアレックスがやっと顔を上げて、
しっかりとした足取りでダイアナのもとへ。

「だいじょうぶ。ダイアナは気にすることないよ」
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なんとか持ち直したかと内心安堵のエリン。
その微笑みは、いつものアレックスのごとく柔和で優しく・・・残念ながら、実に女らしいと形容せざるを得ない。

「事故ならしょうがない。驚いたけれど気にしなくていいからね?」
「でも、アレックス・・・・」
「うちにいた頃から色々してたからね、少し懐かしいよ。・・・・・・ただこの格好は見苦しいから着替えてくる」

びしょ濡れなうえ、紳士服はダボついてイアンとアレックスの身体を包んでいる。

「アレックス、イアンも。ごめんね、本当にごめんなさい」
「大丈夫だって言っただろう?これは事故なんだから。
 ・・・ただしアンドリューは後で改めてお説教だよ。危険物を扱っていたなら最後まで管理はちゃんとしないとね。
 どんな状況であっても。物によってはこの程度じゃすまないかもしれないだろう?」
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その言葉にアンドリューはただただ「すみません」と小さくなるしかない。
ダイアナの体調を心配して離れてしまったが、ダイアナは一人でも対処はできた。
危険廃棄物の管理責任はちゃんとしなくてはいけなかったんだ。

そうして兄としての威厳をギリギリ保ってみせたアレックス、
大混乱はひと段落したかという中でついイアンがニヤリとからかう。

「ホント似てんだなぁ、お前ら。姉妹となると」
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瞬間、電流に打たれたかのようにアレックスの身体が大げさに揺れ・・・・
微笑はそのまま一同にゆっくり語りかける。

「━━━━・・・・・あとでどうやって戻れるのか話をしよう。すぐ戻る」
「あ、じゃあ私も戻」
「大丈夫だよ、エリン。ここに居てくれ。着替えだけだから」

一緒に戻ろうとした妻エリンにきっぱりを宣言し、アレックスは普段は見せないような早足で庭へと出て自宅方面へ。
その動きだけでアレックスが無理矢理その動揺を押さえ込んでいるのが丸分かり。
申し訳ないダイアナは頭の気持ち悪さが頭痛に変わりつつある。

「・・・・アレックス、大丈夫かなー・・・ああ、もう。どうしようー・・・イアンも本っ当にごめんね」
「ま、もう起きちまったもんはしょーがねえな。これであいつも少しは器のでけえ男になれんだろーよ」
「女の身体になって男の器ってどういうことよ。あのひとにトドメ刺したのはあなたよ!
 自分だってダニエルちゃんとソックリじゃないのっ、バカっ!」

エリンはアレックスを追いかけた。
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「・・・・イアン、だいじょぶ?」
「ま、いーさ」

イアンは軽くそう言って、そのままいつものようにダイアナの腰に手を回しキスすらしてみせた。
するとダイアナのほうがまるで知らない女性にされているみたいで、
ついつい照れ笑ってしまいイアンもそれが狙いかのように大きな笑顔を返す。

すっかり女性に変貌をとげたイアン、”威風堂々いつも通り”を続けているが
内心まったく動揺していないはずがないだろうとアンドリューが精一杯のフォローの言葉をかける。

「・・・・あの。イアンさん、確かにすごい綺麗です」
「だろ?さすが俺だよ」
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イアンはニヤリと笑ってみせた。








一見、古風な様式ではあるがセキュリティーは万全のアレックス夫妻宅。
ぴ、とアレックスの指紋を問題なく読み取って庭の扉が開いたところで、彼は運悪く執事モナと出くわす。

「っわ!?な、なに!?アンタ! ・・・じゃなかった。どちらさまでしょうかっ?!」
「・・・・・・モナ、何も言わないでくれ」
「へっ!?あっ、あの・・・・あれっ、待って、待ってください!」
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あたしの知らないひとだし、でも指紋認証で通過してるし、っていうかあたしのこと知ってるし、・・・と
執事モナがアタフタアタフタとしている隙にアレックスは自分達の主寝室がある2階へ向かうため、早足でエレベーターへ。
この正体不明の紫髪の女性に執事モナは『元公爵の本邸に侵入者だ!』とようやく考え付いた。

「待ってください、勝手に入らないでください!」
「モナ。何も言うなといっただろう、放っておいてくれないか」
「なっ、なんであたしの名前知って・・・・・あ、アレックスさんの身内?・・・のかた?でしたっけ?アレ?」

執事として雇ってもらっている身である以上、モナはネット等で過去の記録を辿りに辿り、
直接面識はなくとも”アレクサンダー・サウス公爵”の関係者の顔と名前はしっかり暗記してある。
一番最初にすごく頑張って覚えた!

「・・・・・・・・」
「あのー・・・まずお名前を教えてくださいませんか・・・」
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・・・しかし、どうも見覚えがない、・・・・でもこの紫色の、髪。
随分な美人だから暗記漏れしなさそうだし。

「モナ。そこをどくんだ」
「でも、・・・・お名前を答えてもらわないと、あたし。どけません」
「・・・・・・・・」

すう、と大きく息を吸い、2呼吸分だけアレックスは待ってやった。
それでもモナは意地でもどかず、最後に吐く息は苛立ちで微かに震えた。

この、サウス家第12代当主である俺が住まう屋敷で・・・ 主である俺が使用人のお前に名乗れと?
この嘆かわしい哀れなる姿で?
モナの戸惑いへの思いやる余裕もなく、とうとうアレクサンダーの自尊心が八つ当たり同然に小爆発を起こす。

「下がれ、と言っている!」
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怒鳴られたわけではない。
しかし毅然たる命令のその凄みにモナは喉奥で「ひ」という悲鳴のような音を立てて、逃げるように通り道から退いた。
エレベーターの扉が閉じた直後、「えっ、あ、ああああ!しまった!!」とアワワワ。
階段で追いかけようにも先般のエリンの落下事故以来、通行止めロープを張ってしまっており、跨ぐのに再びアワワワ。

「あの!」

やっと2階に到着した執事モナが声をかけた直後、バタン!と大きく寝室の扉が閉められてしまって血の気が引く。
だってだってすっげ怖かった、すごい怖かった!
見ず知らずの人からの命令だったけど従わずにはいられないくらい怖かったんだ!

「うっわあん!やべえよぉ━━━━!!どうしよう!」
「モナ!?どこ!?」

追いかけてきたエリンが2階の廊下を見上げてる。
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もしかしたらアレックスさんには異母妹ダイアナのように異母姉とかいるんだろうかと
執事モナは縋る気持ちで半泣きで彼女に呼びかけた。

「エリンさん!すいません、いま何か知らないひとが来て勝手に寝室に入っちゃって、あたし止められなくて!」
「それ、アレックスよ!」
「へっ!!?いや、女のひとですよ!?スラッと背が高めで、こう髪が紫で、長くってですね」
「だから、それがアレックス、な・の!!」

ひく、と執事モナの頬が引きつる。

「まーた記憶どうにかなっちゃったすか」
「違うわよっ!ダイアナとアンドリューがやっちゃったのっ」

隣家のアレックスの異母妹ダイアナが発明家であり、
色々しでかしたという思い出はもうすでに聞かされていたが最初こそ冗談だと思っていた執事モナ。
ところが先日のエリン夫妻の双子を初めとする4人が『へんてこな機械』へ飛び込んだと思ったら姿を消してしまうという、
ありえない光景を目の当たりにしたところでやっと事実だと飲み込めたのだ。
s3-12 (45)
「・・・・・え、うそっ。マジですか!?」
「マ・ジ・よ!!」

のんびりとしたチャイムが響き、エレベーターがエリンのために再び1階へ着いたことを告げた。
もちろんエリンは永久階段使用禁止なのである。








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

鏡の己の姿を、再び祈るような気持ちで見つめる。
自分が頬を触れれば鏡の中の女性が同じ動作を返し、顔を近づければ彼女も同じように近づいてくる。

・・・・近づいてくる。
近づいて・・・・
ごん、とアレックスはその額を強くぶつけた。
s3-12 (47)
痛みがある。
悪夢ではないのか。
本当に女にされたのか。
なんてことだ。









一方ドアの向こうでは寝室の中に入れず、エリンとモナが耳をそばだてている。
寝室は全くの無音・・・・静寂。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

チク
タク

チク
タク

廊下の壁時計が余計に静寂を際立たせる。

チク
タク

チク
タク

チク
タク

「ア、アレックスさん、・・・死んでたりとか、ない、・・・ですよね?」
「何を言うのよ。そんなことあるわけないでしょ」
s3-12 (73)
「エリンさん、入らないんですか?」
「入れるわけないでしょ、私に一番見られたくないんだから」

夫アレックスから寄せられる愛を存分に自覚しているエリン、そして執事モナは心から納得する。


チク
タク


チク
タク



チク
タク


チク
タク


チク
タク



チク
タク



瞬間。



















「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


爆発したのかと思うほどに、モナとエリンの耳の鼓膜が麻痺した。

アレックスは恥辱と無念と自尊心がゆえ人にはぶつけられぬ憤怒を大爆発させ、
自分のクッション(ここでエリンのものを決して使わないところが彼足る所以である)でベッドを殴り、殴り、殴り!殴りに殴る!!

「何で俺が、俺が俺が俺が俺が!!!!俺が!!!!!」
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それでも我慢できず、
さらに枕でベッドだけじゃなく床をも殴りに殴って殴って殴って叫び続けた。

「あの野郎!!だっれっがっ姉だ!誰が姉だ!誰が姉だ姉だ姉だ!」

あの野郎、ふざけやがって!誰が姉だ!
大体あいつが薬をかけずに水をかぶるなんてことしなければ、こんな目にあわずに済んだのに!

ベッド、床、ただし小物が置いてある場所だけは避けつつも、
アレックスは殴りに殴り、殴り、殴り・・・・続ける。



時間にすればそんなに長くはない。
ぜえぜえぜえと肩で息するようになってそれは収まり、クッションから零れた羽毛が部屋中に舞う。

「・・・・・・・・・・」

羽毛が、わずらわしい。
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数回それらを払うように片手を宙で振ったのち、
アレックスは定位置に収納してある寝室用の掃除機を出してブチギレの証拠隠滅を始めることにした。






すぐ外で盗み聞きしていたエリンとモナはといえば、四つんばいの状態で寝室から遠ざかった。
そのまま一階へ降り、やっと十分な距離をとれたところで、
執事モナは腰を抜かさんばかりにビビっている。

「ア、アアレックスさんが、ここここ壊れ、こわ、こわこわ、怖い、こわこわこわ、壊れ、こわ」
「大丈夫だから落ち着きなさい!!・・・あのひとにはやっぱりショック大きかったみたいねえ」

「大丈夫なんですかっ!?ホントに、アレ!すごい、声、あれ!」
「逆の立場だったら正直私なんかは面白いって思っちゃうけど、アレックスはねえ・・・
 元々男らしくないって見られるの大嫌いなひとだから。ホラ、顔立ちが優しい感じでしょ。
 それでナメられたり、若く見られたりしすぎるのとか大キライなのよ」
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若く見られたい女と逆よね、とエリンは軽く告げた。
それでも執事モナは実に(アレックスの頭を)心配そうな目をしているのでエリンは笑いとばす。

「今も証拠隠滅するために掃除してるくらいなんだからヘーキよ!カッコつける余裕があるじゃない!」
「・・・なるほど」

納得したモナのもとへ、また見知らぬ女性が姿を見せた。
なんとも目を引く、色香が匂い立つような濃い顔立ちの美女がバスローブという姿なのでモナはそれにもびっくり。
零れんばかりの━━━ エリンをも上回る(そもそもエリンもすごいのに)、その肢体にも圧倒される。

「おう。どうだ?あいつの方は。壊れたか?」
「あなたね。私でもあんなのは初めてよ。寝室にお篭りして大声出して、・・・・結構すごかったんだから!」
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ぶっ、とイアンは笑いを漏らして、くくくくと低く笑う。
しかしエリンはそんな彼(とやはり表記するしかない)を睨みつけ、

「よくもアレックスに薬ぶっかけてくれたわね。アンドリューは事故だけど、女性になったのはあなたのせいでもあるのよ」
「んなもん、どーせあいつも飲んでたんだから一緒だろ。こっちはあいつのせいで飲ませれたんだ。
 知らずに公衆の面前で海だのプールに入ってたら、大声程度じゃ済まなかっただろうよ
 カントリークラブのサウナじゃなかっただけありがたいと思え。あいつ水風呂好きだろ、ジジイだから」

「ホント口ばっかり回るんだから!それにしてもあなたは随分余裕があるみたいじゃない」
「・・・・いつかは俺も何かされるだろーとは思ってたんだんよ。んな覚悟くらい、とっくの昔にしてる」

でなきゃアイツと結婚なんざできるか、とイアンはわざとらしく顔をしかめて吐き捨てた。

「・・・・・・・・・あのー・・・  こちら、あのー・・・・・まさかとは思うんすけど・・・・」
「どうだ、モナ。突然現われた正体不明の美女に驚いただろ」
「うっわー・・・・マジっすかー・・・・・」
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その口振りと会話内容で、すぐに長い茶色の髪の女性がイアンであることが分かってしまった。

「イアン、ダイアナのほうは離れて大丈夫そうなの?」
「誰に訊いてんだ。平気に決まってんだろ。・・・あとな、エリンお前、服貸せ」

「ええ? 元々ある自分の服で過ごせばいいじゃない。メンズなんてでかいんだから」
「上はともかく、このケツがでかくて男モンじゃ歩けねえんだよ、ジャージも何もかも全部な!」

アレックスが去った直後、紳士服だと尻の回りが特に痛いほどにキツく、イアンは慌てて脱ぐ羽目になった。
他の服に着替えようとしたら、一番大きいジャージでも尻がバツバツで下半身に着れるものが何もなかったのだ。
そしてバスローブを羽織り、アレックスの様子を見てくることを言い訳にこちらへやった来た次第である。

「貸してもあげてもいいけど、どうせ一時的なんだしダイアナの服を借りなさいよ。・・・・━━━━・・・・あっ」
「・・・・・」
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ボンとしたエリンを上回る胸に、キュと締まったウェストはともかく、さらにボンと出ている臀部。
それはスラリとした体型のダイアナとは完全に対極で、
絶対に彼女の服は入らないだろうとエリンはやっと気付いた。

「やっとわかったか。戻るまでバスローブでウロウロしてるとダイアナが『自分のあるよ』とか言い出すだろ。
どうせすぐ戻んだ。俺もここでついでに借りた、ってことでいいだろ」

俺のほうが出るとこ出てるからお前の服は着れないなどと、妻ダイアナには絶対に言えない。

「・・・・・スカートか、ワンピースは?ダイアナのでも入るでしょ」
「んな女モン着れると思うか!!っざけんじゃねえぞ!」
「いまは女でしょ。大体私の服だって女性モノよ」
「ほーう、そういえばお前も女だったな。忘れてた」

なによっとエリンが怒り、いつものように軽口を言い合いながらも再びイアンも連れて主寝室へ。
いつもならしないがノックをキッチリして、少し遅れてきた「どうぞ」とアレックスの返答を待ったのち入室した。

「あらまあ」
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なんとアレックスはまるで子供のようにシーツにくるまっていた。
そこまで落ち込んだかと心配したエリンに、アレックスは暗い顔で理由を告げる。

「・・・・服がないんだ、エリン。どうも・・・自分の今までの服だと・・・」
「女のケツがデカくて男モン入んねえんだろ!!そのくだりはもう俺がやったんだよ!」

イアンがツッコんだところで事態をちゃんと飲み込めた執事モナが呟く。

「そんなに違うモンなんすか?イアンさんもアレックスさんも身体大きいのに」
「マジで全然入らねえぞ。ファスナーが上がんねえんだよ。なんでこんなにこう!出てるんだよ」

イアンは自身の見事な丸みのヒップを振り返り、腰骨を手のひらでパンと叩いてみせた。
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「女性は骨盤が違うとか言うものねえ」とエリン。

「アレックス。なっちまったもんはしょうがねえだろ。とりあえずエリンの服着ろよ。
 誰も『嫁の服着やがって、この変態野郎』とか言わねえから」
「・・・・・じゃあ言うな、イアン」

アレックスは暗い顔のまま、イアンを睨んだ。






クローゼットから両名分のパンツスタイルの服を提供したエリン。
”男性陣”2名から『ピッタリしたのはイヤだ』だの言われ、しまいこんだままのものを引っ張り出した。

するとイアン、少しだぶつくウェスト周りを伸ばしたかと思うと、そのまま無言を押し通す。
一拍置いて、そのイアンの行動の意味を理解したエリンはムカーッという気持ちのまま
子供のように彼の背中をどついた。

と、それぞれが首を傾げたり妙にソワソワと落ち着かない様子を見せている。
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イアンは屈伸を繰り返し、アレックスすらズボンを左右に揺らし・・・・
そういえば少し前からそんな様子を見せていることに思い当たり、執事モナが「大丈夫ですか?お2人とも」と声をかけた。

「あー・・・・・・・・・なんか・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

イアンが珍しく所在無さげな声でアレックスに呼びかける。

「股がスースーする。・・・・よな?」
「・・・。ああ」

モナが不思議そうに頭の周りに?マークを沢山浮かべる。
あら、とすぐに合点がいったエリンは親切に捕捉説明してあげるにした。

「やあね!要するにチ×コがなくって心許ないってことよ、モナ」
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「へっ!?あっ!ああ~!なるほど・・・・ ってエリンさん・・・・」
「そんなにあるなしで変わるもの?アレックス」

ズバリでモナに教えてあげた後にエリンが目をキラキラさせて尋ねるがアレックス、苦笑して答えない。
それは妻よりも恥じらいがある女性同然で、実に皮肉な状況である。
なのでイアンがズバリ教えてやった。

「全然違うぞ。むしろ俺からすりゃ何だよコレ。ちょっと動くだけで揺れて気持ち悪ィ」

といってイアンが顎で示すのは自分の胸。
豊かなそれは水が入った風船のように少しの挙動で縦に横に斜めにと揺れに揺れる。

「ノーブラならそんなものよ。明日にでも買っちゃいなさいよ、イアン」
「んなもん誰がつけるか。バカが」
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「あのねえ。真面目な話、その大きさだと垂れちゃうわよ」
「どーせすぐ戻んだ。んなもん着ける位なら舌噛みきって死んでやる!」

断固たる決意のイアン。
そしてエリン、ふと考え込む。

「でも股の間に物があるなんて、すごく変な感じだけれど・・・・あなた達男の人には当たり前なんでしょう?」
「・・・。そうだね」
「ふーん・・・」

小学生の女の子のようなエリンにアレックスは相槌くらいしかうてない。
そこで”ひらめいた!”とばかりに、なんとエリンはクローゼットから靴下を取り出して適当に塊にしだした。
モノがあるのが分からないなら試してみよう!

「ちょっちょちょ待って!エリンさん、それはダメっすよ!!公爵家ご当主の奥方がなんてことするんですかっ!はしたない!!」
「だって気になるんだもの。バカね、イアンもいるのにここではしないわよ。ちゃんとトイレでやるから」
「だ━━━━!!そういうことじゃないです!公爵夫人がなんてことするんすか!ダメですって!」
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忠実なる執事モナが命を張ってエリンを止めにかかる。
離してよ、いやダメでしょとワチャワチャ揉み合いながら2人はバスルームへ。

「・・・。公爵夫人つか・・・・・・」
「ま、どこの国も王族だろうが聖人じゃないからな」

幼少から親に連れられて外遊する機会もあったアレックス、妻の行動を止める気力はないらしく
遠い目で呟いた。






ダイアナを待たせぬようにと、再びイアン宅。
この性別を変えてしまう薬の被害にあったことをなんとか飲み込んだ男2名、やっとその解毒について話を聞くこととなった。
が。珍しくダイアナは、どうやったら2人が戻れるのかという点についての説明をせず婉曲に話をしている。

「・・・リズちゃんから借りた漫画の影響で作ったのは分かったよ、ダイアナ」

相手は妊婦、そしてダイアナということもあり、アレックスは生来の根気のよさで最後まで聞いて肝心要のことを尋ねる。

「俺たちが元に戻る薬は?どこにあるのかな」
「・・・ないの・・・・」
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「・・・・・・・・・・・」
「今のは聞き間違いだよな、ダイアナ」

「水かぶって、お湯かぶって性別が変わるの・・・・面白そう!って思ったんだけど、あたしが作れてたのは途中の・・・
 水かぶってのところまでで・・・お湯かぶって元の性別に戻るっていうところまで完成してないの。
 それが完成してないから、その・・・解毒薬も・・・ない・・・」

イアンとアレックス、今度こそ本当に動揺して立ち上がった。
この場で一番冷静なのは「あらら、そういうことなの」とだけ呟くだけのエリンだったりする。
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「あと1週間で完成はできたんだよ!?でもお腹に赤ちゃんいるから危険物の取り扱い止めたほうがいいから
 開発凍結して、アンドリューに危険物廃棄に出してもらおうとしてた途中でね、その・・・さっきのことが」
「本当にすみません・・・・!手近なガラス瓶だったから使ってしまって・・・」

アンドリューは溶鉱炉に飛び込んでしまいたいと思うほど小さく小さくなって謝る。
もちろん事態が解決するまで『アイルビーバック』はしない覚悟である。

「じゃあ、お前が赤ん坊産むまで・・・いや、待てよ。産んでもお前が母乳とかあるよな、ダメだ。暫くはやるな」
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最悪の事態に最悪に動揺しながらも、まだ見ぬ我が子を慮るイアン。
ダイアナも申し訳ないながらも頷くしかない。

「でも、そうなると赤ちゃんが1歳とか過ぎるまで・・・作業再開できないことになっちゃうんだけど・・・」

つまりヘタするとダイアナが出産して母乳を止めるまで・・・2年近くこのまま?嘘だろう?
アレックスは再びあの寝室に戻って大声で叫びまくりたい衝動に駆られる。
今度こそ我を失って多分小物などもなぎ倒すだろうが、もういいだろう。
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しかしダイアナが笑顔で男2人を最高に勇気付ける言葉を放った。


「でも解決策はちゃんとあるよ!!ひとりだけ助けてもらえる人がいる!
 ちょうど今週から休暇だっていってたし、お願いしたらきっとその人なら薬作ってくれるよ!多分
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「今すぐ呼べ!!いくらでも払う!」   「いくらなら来て貰える?!」

ダイアナの小声の「多分」を聞き流し、アレックスとイアンの声が重なった。














そして、その救世主の電話が鳴る。

「おお、どうしたダイアナ。体調は落ち着いたのか?わたくしは今日から夢のサンリットタイズでバカンスだ。
 お前が薦めてくれたホテルのロイヤルスイートでな」
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長期バカンスのための荷物のもとで、彼女の忠実なるシムボットが電話中の彼女を見つめる。

「オーナー、お迎えが外に来ていますぅ。車の中でお話ししましょう~?」
「まだ靴が決まっていないのだ。車は少し待たせておいてくれ。━━━━ それで、ダイアナ。何を作ったって?」

暫く彼女は耳をすませてダイアナが作った発明品の説明を聞くと、ふふっと笑いを零し履いてるヒールを足の指だけで脱いだ。
琥珀色の肌にぴったりのサンダルを試す。実に美しいじゃないか。

「つくづくお前は面白いことをする娘だ」

すると電話口の向こうで賑やかな女性達が2名、騒ぎ立てている。どうも言い争っているようだ。
声からするとダイアナの友人というには少し年上のようで興味をそそられた。あの娘の知り合いは美人が多い。

「もう少しお前の発明の話を聞いていたいが、わたくしはこれから空港だ。続きは機内でゆっくりスカイプでも ━━━ なに?」
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愛する弟子の恐縮した声と、それによって起きてしまった事件と依頼内容。
それらすべて聞き終えると、まるで美しい悪役のような笑い声が響き渡った。

「はーっはっはっはっはっは!!面白い!!
 つまりはお前の周りで先ほどから騒いでいるのはサウス公爵とイアン・グレンツか!」

タラ教授の通話中に登場した五つ星セレブの名前に、シムボットは目を丸める。
一体どういう事態なんだろ?

「ダイアナよ、夫に代わりなさい。 ━━━━ やあ、しばらく。あなたと直接話すのはあなた方の式以来か。
 今回は災難だったようだな、イアン・グレンツよ。しかし言っておくが、わたくしの頭脳とバカンスはそう安くはない。
 安売りする気もないぞ。わたくし自身のバースデーデートも兼ねていたのだ」
s3-12 (70)
すると即電話の向こうで提示されたオファー額にタラ教授はニマーっと顔を緩めた。

「それはそれは。実に素晴らしい。いいだろう、このまま空港にゆく。次に公爵にも代わっていただく。
 ━━━━ お久しぶりです。このたびの事態、心よりお見舞い申し上げる。それで今グレンツ氏とは・・・ああ、お話が早い。
 光栄です、サウス卿。それではのちほどお会いしよう。あなたの素敵な奥方にお会いできるのも楽しみにしている」

”のちほど?” その話の展開に、シムボットちゃんはおろおろ。
だってあと3時間にはサンリットタイズに向かう飛行機に乗るはずだったのに。

「アルテイシアよ。これから我々はサンセットバレーへゆく。しかもプライベートジェットでだ!」
「ええ~っ!?だってオーナーってば、サンリットで誕生日のデートのお約束も入ったじゃないですかぁ!」

聴覚などはシムボットアンドリューと同じく人間並みにしているアルテイシアと呼ばれたシムボットは
通話内容も分かっていないので「だめですぅ、だめですぅ!」と真っ向からぷりぷり大反対。
彼女もまたシムボットでありながらダイアナの功績によって自律思考ができる。

「合わせて六千万ドルの仕事だぞ。わたくしは結婚にも興味はないし、あの男にそこまでの価値はない」
「ろくせんまんー!?すごいぃ~!!」
s3-12 (71)
すごい金額に目をまんまるくした。のち、「あっ、それでもぉ・・・」とタラ教授の助手であり秘書である彼女はぐじぐじ。

「だめでぅす・・・先にお約束してたのにぃ・・・・」
「サンセットバレーではわたくしのマーガレットも待っている。金も愛もそこにあるのだ。行かぬ理由がない」

タラ教授は弟子ダイアナの母マーガレットを想い、最高に上機嫌。
この名前が出てしまったら止められないとシムボット・アルテイシアはふーっと長いため息をついた。

「・・・お断りのお電話する私が辛くなっちゃいますぅ・・・」
「だからわたくしがするといつも言っているだろう。繋いだらこちらに転送するのだ」
「オーナーの振り方はひどすぎるからダメですぅ!男性っていうのはナイーブなんですぅ!!」
「そうは言うがな、アルテイシアよ。
 セックスの採点とその意見交換なぞこういうときにでもなけれはできないではないか。互いの後にも大いに役立つ」
「そっれっがっ!ダメなんですぅ!!
 お相手はェ、・・・エッチ、・・・の、せいでっ!振られたとしか思えないですぅ!」

頬を染めながらアイルテイシアはこの度旅行当日に振られることになった不幸な男性へ
電子脳内よりぴっぴっぴ、と電話をかけた。

s3-12 (68)
「しかし男と言うのは実に愉快なものだな、アルテイシア。
 ダイアナが子を産み育てる間くらい待てばよいものを、2本のペニスを取り戻すためにあんな値段をつけるとは。
 そもそも男は自分の存在価値をペニスに置きすぎなのだよ。まさに司令塔だな」

「本っ当、信じられないくらい下品ですぅ・・・んもー」

顔をしかめまくってアルテイシアの呟いた口癖は、間違いなくダイアナのそれである。





→第13話









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