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第九話 Ian イアン

移動中に寝るつもりのエリンは仮眠程度の時間で起きると、
イアンの睡眠の邪魔になるのも気にせずガタゴトと荷造りをはじめる。
といっても持ち物は最低限のパスポートと身の回り品くらいだが・・・。

それでも起きないので、
近所の迷惑にはならない程度だが睡眠の邪魔をするには十分の音量でポップスを流した。

「・・・ん~~~~・・・・・」

室内の明かりにまぶしそうに目を開いたイアンを思いっきり見下ろしながらエリンは声をかけた。

「お目覚めですか?社長」
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「あ、あ~~~~~~ 俺、寝ちゃってた?」
「泊めないっていったでしょ。私今日から旅行で、もう出なきゃいけないの。
 顔色もよさそうだし起きてくれる?」

エリンが水道でくんだぬるい水のコップを差し出すとイアンは一気に飲み干した。
一回、二回と大きく伸びをすると、先ほどとは違ったしっかりした目つきで彼女を見返す。

「本当に悪かった。
 昨日は風邪気味で薬を飲んでたのに、酒を飲んだのが悪かったみたいで・・・」
「・・・あのね、そういうことやると本当に死ぬわよ?」

エリンは呆れてつい説教くさいことを口にする。
そしてベッドの上に散らばったバスタオルを彼に渡してやった。

「はは・・・・・ああー、しかも俺水着のままだったのか!
 悪い、すぐに代わりのベッドを買い換えるようにするよ。えーと・・・・」

エリンの顔を見ながら名前が分からないらしく空のコップをもてあそびながら
イアンはひどく掠れた声で困ったように微笑んだ。

「アンドレア、だったよな」
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「名前教えてないわよ」

氷点下のエリンの氷のつららのような尖った声が、
彼に残っていたかっこつけの仮面の最後の1枚をもぶち壊した。

「・・・何かもう、本当に悪かった・・・・・・」

ますます肩身が狭くなって、イアンは脱いだ服を拾うとエリンに背中を向けて着替え始めた。
この落ち込みようは、記憶はしっかりあるようだ。






着替え終わるころに、タクシーのクラクションが小さく外で鳴り、彼の迎えが来たことを知らせた。
玄関で振り返る。

「あの、本当にすまなかった。あと、泊めてくれてありがとう。」

改めてイアンはお礼を述べて、少しだけ傾げるように頭をさげた。
小学生のようなこの素直さは、悪くない。

「どういたしまして。1日くらいお酒飲まないで、お医者さん呼んでみてもらったほうがいいわ。」
「あ、あと・・・そのー・・・・昨日の夜・・・あー・・・」

言いにくそうに空に目をやる彼の姿で、すぐにピンときた。
男としては、(ましてや遊び人で有名な)昨夜の失態の数々を口止めをしたいのだろう。

「もういいって。
 そんなことより風邪なんだから、ちゃんと水分とってお酒飲まないで寝るようにね」

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「本当にありがとう、また改めてお詫びに来るよ」

ぱぁ、と喜びのオーラを出してイアンは手を振りながら出て行く。

「別にいいわよ、要らないから」

背中に断りの言葉を投げかけたが、彼は明らかな聞こえてない振りをしながら、
しっかりをした足取りで去っていった。


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タクシーを走らせて10分ほどの高層マンションの2フロアを占める最上階・ペントハウスが
イアン・グレンツの住居である。
エリンの自宅から戻ってすぐに言われたとおりに医者の手配をし、広いプール付きのテラスで
太陽が昇るのを見つめながらイアンはひたすら空を見ていた。

そばでは老いた黒い大型の愛犬がスヤスヤと寝息を立てている。
 
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ベンチャーの起業を考えて大学を中退するのとほぼ同時に、
同じ大学だった恋人はあっけなく捨てられた。

それからガムシャラに昼夜も気にせず寝食も二の次にワンルームマンションに机を集めて
仲間と仕事に打ち込んだ。
気づけば一生勤めは必要ないレベルの財産が手元にあったが、自分が投資分野に進出すると決めると
現場で第一線で働き続けたい仲間には理解を得られず、離れてしまった。

毎夜 街に飛び出して遊び歩いて、友人らしきものができたと思っていたのに
気づかされてしまった。

「・・・・俺には体を心配してくれる奴もいなかったんだな・・・・」

昨夜、クラブに着いた時点で珍しく体調がおもわしくなかった。
顔なじみの一緒になって騒いでいた人間たちが言っていたことといえば、

『何言ってんだよ、若いんだから少しくらい無理すれば大丈夫だろ』
『お酒飲むと体があったまっていいかも!』
『元気ないなんてつまんな~い、もっといてよ~』
『大丈夫ー?お膝で寝てていいから帰っちゃダメ~』
『踊れば血流がよくなるんじゃね?』

大学、高校まではこうじゃなかった。
友達といえば時にはバカもやるが、たまに励ましあってたり・・・
具合の悪い奴がいれば気遣いくらいはできる常識は持っていた。

普通のサラリーマンの憧れの雑誌の表紙を飾っても、
いまの自分には普通のサラリーマンにいるような同僚はもちろん友人すらもいない。
それどころか自分もいまこうして気付くまで、昨夜のクラブの連中と同じ対応をしていただろう。

そんなかつて当たり前だったことも、自分はできなくなってる。

(これが大人になったということか?)
(自立するということなんだろうか?)

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『ちゃんと水分とってお酒飲まないで寝るようにね』

クラブで一晩の相手を見つけるような女で、さらにあれだけの醜態をみせたというのに
大学入学前に亡くした母のような小言をいう人間は、街でであったのは彼女が初めてだった。

(・・・・また会いたい、な・・・)


いつのまにか起きていた愛犬が、心配そうに鼻を鳴らしてイアンの膝にあごをのせた。
イアンは愛犬に膝に乗るように口笛を鳴らすと、その温かな重みを感じながら
その大きな体をわしゃわしゃと撫で回す。

金があるから食事も医者の手配も他人に任せられているやっているし、
生存する父親も金で済ませろと言うだろう。
しかし金がなければ、頼れそうな友人も思い当たらないし、そもそも今の友人らもいなくなるに違いない。


紫色だった空が黄金色になる。
すこしずつ朝焼けの空がにじんで、不思議といつもよりも美しく見えた。










第十話 Safe driving 早起きは三文の徳
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