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第十一話 art 彼女のすきなもの

紺碧の海域はいくつもの島が点在しており、広大な屋敷が点在する高級住宅街である。
ある者は休暇をすごすための別荘のひとつとして利用し、ある者は生涯の終の棲家にしており、
全体的にまったりとした時間が流れる。
住民たちの共通点は、いずれも膨大な財産があること、表面的な交流を好むことだ。
実際にマフィアの頭の隣に、かつての警察庁長官が住んで、共に正体もわからないままガーデンパーティーで
共にマシュマロを焼いているなんてこともある。有数の治安が良い地域であり、混沌ともしている。

11-1.jpg

エリンの隠れ家『ウェイブ』も、その混沌の中に建っている。


番号式ドアロックを開錠すると、軽い電子ブザー音と共に重い両開きのドアが滑らかに開いた。
ツタの緑と噴水の水のさわやかさが、白い壁に反射し、さらにその白い壁を有名な絵画が彩る。
エリンが好む、自然と人工の美しさが共存する空間だ。
ただし絵画を飾っておくには最適はといえないこの場にも複数の油絵を置いているが、この場にあるのはすべて完成度の高い複製画である。ほんの数メートル先の壁の向こうには、これらの参考となった本物が飾られている。

しかし前回来たときにはなかった複製画が、堂々と玄関ホールの正面に飾られている。
それについて聞きたい。
アレックスはどこだろうか。
11-2.jpg


呼びかけようと息を吸い込んだ瞬間、奥の階段から木のきしむ音が降りてくるのが分かり、その場で待つ。
急ぐように大幅であるのに聞き苦しい早さは出さない、
彼らしい足音が次第に大きくなってエリンの目の前で止まった。

「おかえりなさいませ、オーナー」
「ただいま」
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挨拶もそこそこに、新たに増えている複製画の件を問いただす。
「新しい子が増えているみたいだけれど、どうしたの?
 アレクサンドロスはもう贋作作りは卒業したんでしょう」
「新品のキャンバスですし、物真似サインも入ってません。単なる習作ですよ。」

習作のための複製画ではなく、なんらかの意図をもって・・・本物と「誤認させたい」贋作作成を行う場合には
本物の絵画が書かれた年代と同年代の無名絵画のキャンバスを再利用する。
アレックスの言葉は贋作の意図なき作品として描かれたものであることを指している。

エリンはにやりと笑う。
「前に来たときは隠してたのね、アレックス」
「とりあえず一目で見つけられるこちらに飾りましたが、お気に召さなければ地下にでも置いておきます」
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機嫌を損ねさせてしまったかと、いささか硬い表情でアレックスが申し出るが、エリンは首を左右に振って
サングラス越しにアレックスを見つめる。
この複製の元になった作品は1年ほど前から個人収集家の屋敷から盗み出され話題になった。
そしていまでは屋敷の一員としてエリンの寝室に飾られている。

「お客さまに本物と間違って通報されなければいいわ」
「来客の予定は一切ありません。お言葉に甘えてこのままに。」
エリンがサングラス越しにおどけてウィンクすると、アレックスの声に明らかな安堵の色が広がった。

「お疲れのようでしたので寝室のご用意は出来てますが、お休みになりますか?」
「大丈夫。今夜はうちでのんびりするから。」

出かける前のメールのことを心配しているのだろうが、幸い人の少ない機内でたっぷりと睡眠が取れたエリンは
上体を大きく伸ばした。
エリンは玄関ホールを歩きながら、その道しるべのように革のライダージャケットとブーツ、グローブを
次々に脱ぎ捨ててゆく。

その後ろを忠実な従者としてアレックスが脱ぎ捨てた衣類を丁寧に拾い、腕にハンガーのように掛けてゆく。
行儀の悪いエリンを諌めることは一切しない。
むしろ他では見せないであろう寛いだ姿に、アレックスは安堵と充足、そして優越感を覚える。


エリンは廊下に飾られた美術品をひとつひとつ点検するように見つめながら、気まぐれに進む。
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赤く着色されたオブジェの前で、気持ちのままアレックスに指示を出す。
「やっぱり冬っぽいわね。これはもうしまっておいて。」
「かしこまりました。アレクサンドロスの新作を、2階のダイニングに置きました。」

ぱっとエリンの表情が華やぐ。
アレクサンドロス・ダレイオス・・・・いま一番 エリンが気に入っている画家の名前だ。
まるで恋人に会えるかのように、エリンのぺたぺたとした足音が2階へと向かう。

「キッチンは使ってない?」
「もちろん。先ほど置いたばかりですから。」

通常キッチン設備もあるダイニングに絵画を置いたままにすれば、少なからず油煙や湿気で絵画は痛む。
本当はもっと吟味して場所を選びたかったが、エリンの帰宅が予定よりも早まったために
とりあえず空きスペースに置くしかなかったが、短時間でかつ湿度管理も可能の空調を入れたまま
一切キッチンを使用しなければ絵画の状態に影響はない。

そしてアレックスの予想が正しければ、おそらく、いつものようにすぐにあの絵は取り外されるだろう。




あけぼのの紫色の朝の光と、
白の小さなオベリスクのような柱にはさまれた無人のチェステーブルを見下ろした絵。
エリンは無言で眺めていた。
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人の生活を思わせる主題を選んでもアレクサンドロス・ダレイオスは人物を描かない。

(人間を描くことが苦手なのかしら)

彼が描けないものはおそらくないだろう。習作として描いてきた複製画に、人物の絵も多い
かつては贋作作りなどにも携わった技術は申し分のない画家なのだから。
自分の創作となると、途端に筆が動かなくなるか。

(・・・・人間が嫌い、なのかもしれないわね)
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人を魅了する術を持っているのに、彼は出会ったときから全ての人間を心底嫌っていたことを
出会った当時のエリンは見抜いた。

枯葉も落ちていない床、まるで宗教画のような空想上の美しさがあるのに
チェステーブルの駒にも椅子にも人間の気配が一切ない。
ただただ、きれいな絵だけれど、相変わらず心が痛くなるくらいに寂しい。
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時間を忘れるような沈黙のあと、エリンはアレックスに問いかける。

「素敵な絵ね。題名は何と?」
「『チェスのある庭』です」
アレックスが、なんの工夫もない題名を口にしたが、エリンは変わらず微笑を崩さない。
「すぐに売りに出す手続きをとるわ。外しておいて」
「はい、オーナー」
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教養と文化に造詣の深い人種が集うこの島で彼女は画商としての顔も持っている。
もちろん盗品など一切ない、”クリーン”な商売だ。
この島を拠点に画家である彼の名は広がりつつあり、売りに出せばこの絵にも複数の買い手がつくだろう。

(これも個性なのかもしれないけれど)
(それでも、私はこの寂しい絵を飾りたいと思わない・・・・)

芽が出ていないわけでも、世間に評価されていないわけでもない。
単なる自分の好みの問題であるから厄介だ。
才能ある画家の新作を一番に見れる名誉があるというのに、自分が傍におきたいとおもう作品がない・・・
自分の気持ちのまま好きなものだけに囲まれたいこの屋敷にこの絵はふさわしくない。

かといって画家に注文をつけるような真似もしたくない。
偽物が欲しいわけではないのだ。




第十二話 Cocktail shrimp パーティー
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