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第9話  男の女の矜持 Set a thief to catch a thiefⅥ

←第8話



病院に到着したエリン。
傷口の異常はないが確かに感染症にかかってはいた。
ただ風邪の可能性が非常に高いうえ重篤でもなく、喉の痛みも対症療法で改善して、もはや症状は発熱だけ。
s3-9.jpg
「入院入院」を連呼するアレックスの要求は、エリン本人(と医師たちの大いなる同意)によりキッチリ却下された。




「おかえりなさい、エリンさん!改めて、あたし執事のモナです。今月から雇ってもらった新米なんですけど」

エリンは「よろしく」と頷く。
昨日スタンガンを投げつけてしまった彼女に謝りたい気持ちはあるがアレックスの目がないところで言いたいエリンである。
彼も『かつてのエリン』のそういう部分を察しているので、妻エリンをモナに託して書斎に向かった。

「エリンさん、熱出ちゃったんすよね。寝室行きましょう」
s3-9 (2)
2階に上がる階段には『永久使用禁止』とばかりにロープが張られており、エリンは片眉を上げた。
ここが自分が落ちたという階段だろう、間違いなく。

「エリンさん、あのー、・・・・ダイアナさん達が様子が気になるとおっしゃってましたけど、お見舞いナシな方がいいですよね?」
「隣に住んでるとかいうアレックスの妹と昨日の男?そもそも会うつもりないから。断り方はあなたに任せる」
「了解っす。・・・まあ知らないひとっすもんねぇ・・・」

執事、というわりには油断すると端々で言葉遣いがよろしくないコだ。
エリンには意外だった。あのアレックスが、こういう執事(しかも若い女の子)を入れるとは・・・・
そうか。自分の知ってる彼とは違うのかとぼんやり考えていると、
執事モナがわざとらしい小声でささやく。
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「つかエリンさん、マジモンだったんすね。まさか自分んちのとはいえ、あんなすっごい金庫見つけて開けちゃうなんて。
 コソドロ程度だったあたしとは違った、ガチな感じだったんですね~!」
「え?」
「あたしが部屋出てった隙に、金庫を開けちゃうとか正直カッコいいって思いました」

執事モナが意味していることを理解して、エリンは自分に驚いた。
つまり『同業者』の人間を、執事として雇ったのか!・・・・つまり彼女も一味なのだろうか?

「あなた、私の仲間?・・・だった、の?」
「うえっ!?ちっがいますよ!エリンさん、結構昔に引退してたらしいし、そもそもあたしは金庫とかナニソレって感じっす。
 ちょろ~っと、まあ・・・置き引きくらいだけで・・・」
「そう・・・よね。あなた若いし」
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「・・・つってもあたし、エリンさんの歳いまだに分かってないんすけどね」

自分が『現役の泥棒』だったころじゃ、この執事モナは高校生以下だったろう。
2人はそのままアレックスとエリンの寝室へ。


「調子に乗ってエリンさんちのモンに手を出したんすけど・・・そのおかげで、すっげーいい仕事貰っちゃいました!
 貴族のお屋敷で執事なんて、施設のセンセーたちも報告したら無茶苦茶驚いて自慢だって。
 こっち側がエリンさんのクローゼットで、逆の鏡の裏側がアレックスさんの分です。洗濯物は━━━━」

かつてはどん底にいきそうだったモナが簡単に寝室とその奥のクローゼット部屋の説明をしだす。
しかしエリンは彼女が口にした、『貴族のお屋敷』の部分が大いに引っかかった。
そしてここには隠されもせず、かつてアレックスの実家からエリンが盗んだ、エリンの母親のドレスもあった。
s3-9 (5)
「・・・・アレックスは結局サウスの家に戻ったっていうこと?」

エリンの記憶では『公爵家のアレックス』は死んだ偽装工作をしてやり、その後はずっと部下として共にいた━━━━
そこで止まってる。
以降は何がどうなったのか。アレックスと自分が結婚していると知らされはしたものの、まだ何も知らない。

「え?ああ、そうですね。昔ニュースで、ガキのあたしでも知ってるくらい大騒ぎになってましたよ。
 アレックスさん、船の事故でしたっけ。死んでたはずなのに実は生きてたっつって戻ってきたんですから。
 んで何年かしたら結婚したいひとがいるから公爵やーめたって。まあ、あたしも詳しくはネットでこの前調べたんすけど」
s3-9 (4)
エリンとしては当然情報は出来るかぎり知りたい。

「エリンさん、着替え手伝いましょうか?熱があるときはとりあえず横になって休んだ方が良いですよ」
「着替えの手伝いは平気、注射打ったし。それよりネットができるもの・・・・パソコンかタブレットはある?」

「あー・・・・エリンさんの携帯、階段から落ちたときに壊れちゃったんですよね。まだ新しくしてなくって。
 エリンさんが仕事でよく使ってたノートPCはありますけど・・・パスワード覚えてないですよね?
 それとも、そーゆーのも破れちゃったりするんですか?ハッカーとかみたいに!」
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「ムリね。私は別に万能なわけじゃないの。ちゃんと事前に色々調べて、準備に何週間もかけたりしなきゃムリ」
「へー・・・・やっぱすっげ。でも、あれ?じゃあ、ここの金庫はなんで開けられたんすか?」
「なんとなく分かっただけ」

これもまたエリンには気持ち悪かった。
ノートPCはログインを試してみたものの、映画のハッカーじゃあるまいし先に進めそうはない。
一方タブレットはエリンの指紋だけでアッサリ開いてくれた。
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「それで、今の私の仕事って何?」
「お隣のイアンさんがすっごいお金持ちで、エリンさんはそのお金で美術館を作ってたんです。
 確かプレオープンが年明けだったっけ・・・先週から絵の搬入が始まってたけど、部下のひとたちで対応できるから
 最近のエリンさんは家で結構ノンビリしてたんですよ」

「美術館・・・わたしが・・・」
「ええ。エリンさんは美術館の館長サンなんすよ、名刺ももらったす!
 いままでかなり忙しかったから、来月いっぱいまで休暇にしたって言ってました。冬からまた忙しくなるからって。
 それでも時々、ついでに様子見には行ってましたけどね~。このまえ建物だけ見たら、すっげ大きかったです。
 世界中から色々集めたって言ってましたよ」

世界中の・・・・
あの隣の男に雇われているのかということはともかく、『美術館の館長』だという事実にエリンは正直気持ちが高揚する。
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「もうサイトもあったんで見てみたらどうです?」

エリンはあとで絶対にそれについてもネット検索しようと思う。
ふと思い立って『記憶を失う前の自分』が起動させたままのアプリがないか、タブレットを確認する。
スケジュールアプリが入力途中だったらしいが中途半端だ。

『入力をつづけますか?』と尋ねられたが何も情報は入ってない。
でもなにかスケジュールを入力しようとはしていたらしい・・・エリンにはすごくその日付が引っかかった。
なんだろう?
考えながらエリンはさっさと服を脱ぎ捨て、夕暮れの海を見つめた。
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その後ろで執事モナが「おぅわ!」などと驚いていたがどうでもいい。
・・・・8月28日・・・・。

「8月28日になにがあるか、あなた分かる?」
「えっ?さあ??イアンさんの誕生日は終わったしな~・・・・あたしがその日付に頼まれてた用事とかはないですねえ」

また『イアン』?ホント図々しいわね。
イアンの人柄など認識してないのにも関わらず、話題に出ただけでぴったりの感想を浮かべてしまうエリンである。
発熱があって病院にいったほどだったので自らパジャマも着た。

「・・・モナ」
s3-9 (13)
「はいっ!」

記憶を失ったエリンに初めて名前を呼ばれ、びしっと執事モナの背中が強張る。

「昨日は悪かったわね」
「! ああ、いいえ~。あたしは全然大丈夫です!」

8月28日・・・すごく、そう、とてもすごく・・・・
大切な日だった気がする。
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とりあえずエリンは体調の回復するまではと大人しく家で休みつづけた。
傷の消毒は毎日医者がやってくる。
ある日、ふと気が付くとアレックスが軍手をした執事モナと庭でなにやら話し込んでいた。

『夫』だかなんだか知らないけど結局こういうのはアレックスの仕事なのねとエリンが思いきや、
アレックスが執事モナと何かを相談し、どこかへ電話をしだした。
s3-9 (46)
すこし風向きが変わり、「困ってるんだ」とアレックスが本当に困ってる声で話しているのだけは聞き取れた。

「?」

・・・・これは『隠れ家』のように、アレックスが世話している庭じゃないんだろうか?
エリンにはどこに電話をかけているのかも見当も付かない。
s3-9 (49)

ビーチハウスはどこも高級住宅街の割りに土地は小さい。
こじんまりした庭は石畳と噴水はあれど、なんだか発展途上というか・・・ちょっと素人くさい庭だ。

エリンはそれを丹念に作りあげたのが自分自身だとも気付かずに、
「・・・・・まあ、悪くはないけど」とぽそり呟いた。
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それにしてもケガをして1週間以上━━━━誰からも自分に見舞いの花すら届かない。
どうせ誰のことも覚えちゃいないが、『記憶をなくす前の自分』は公爵様と結婚して奥方サマとして引きこもってたのかと
エリンはそんな自分を軽蔑していた。

とはいえ、知らない人間の訪問応対をして知らない人間から物を贈られるというのも、かなりゾッとするが。
そんなの誰かの都合に振り回されるなど、エリンが一番嫌悪するものだ。
たとえその『誰か』というのが、『記憶をなくす前の自分』自身のものだとしても。
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潮風がテーブルの上に飾られてる、庭には生えてない白いバラの香りをふわりと巻き上げた。






そのままエリンは体調の回復に集中し、
またアレックスはエリンが閉塞感を感じずに済むように距離をとりつづけて数日が過ぎた。
アレックスはエリンが記憶をなくしてからはずっと別室で休んでおり、
その夜もいつものように翌日の着替えをクローゼットに取りに来た。

とうとうエリンの頭の傷も無事抜糸された夜。

「アレックス、あなたがサウスの家で何をしてたのかを読んだわ」
「・・・。昔のニュースとかかな」
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「そう。あと私が作ってる美術館のことも。あなたの言うとおり、あの隣の男が知り合いっていうのは本当みたいね」
「まさか疑ってたのかい?嘘なんかつかないよ」とアレックスは苦笑い。
「訊きたいことがあるから、座って」

するとアレックスが当たり前にベッドに腰掛けてくるので、
「ずうずうしいわね」とエリンは若干片目を歪めて言うものの彼は笑って流した。

「訊きたいことっていうのは?俺は・・・記憶のことよりも、まずは君の体調を優先にするつもりでいるんだけれど」
「熱はとっくに下がったし、傷も平気。そもそも私が決めることよ。それともあなた答えないつもり?」
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「わかった、わかったから。そう突っかからないで、エリン。体調が平気ならいいよ。それで?」
「なんで私とあなたが結婚したの?」
「・・・━━・・・ えっと、・・・・。ストレートすぎて逆に・・・びっくりした」

はははと今度は少し照れ気味にアレックスは笑い、

「仲間なんかじゃなく、家族になりたいと思ったからだよ」
「あなた、私が好きなの」
「もちろん。でなきゃこうならないよ」とアレックスは笑顔のまま、さらりと認める。
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「そうなったのって、いつから?」

そこで初めて、アレックスは少し言いよどむ。
完全に昔のままのエリン━━━ 互いの絆を確認しあう前の『昔の彼女』に明かすのは少しだけ躊躇がある。
改めて愛の告白をしているみたいだ。
そんなアレックスに、エリンは追撃する。

「アレックス。私は元々あなたの家で妹同然に」
「妹だなんて思ったことはない」
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嫌悪感に近い声音でアレックスはすかさずその言葉を止めさせた。
確かにエリンは半年ほどアレックスの実家にいたが、とんでもない。
実の妹ダイアナがいるだけに、かつてのエリンがいたときから抱いていた感情の違いはアレックスにとって明確だ。

「俺は昔から一度も君を・・・妹だとか、そういう目で見たことはないよ」

それはアレックスの実家に居候していた時、エリンをクラブから力ずくで連れ帰されたときから、だったのだろうか。
あのあと怒鳴りあいにまでなったものだ。

「━━・・・ じゃあ、最初からだっていうの?」
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「・・・・・。そうだね」

そこで初めてエリンが沈黙する。
あのケンカ以降、部下などとしていたときも、アレックスには一切自分のやることすべてに口を出すことは許さなかった。
・・・・夜に遊び、男と出ることも。
さすがにこの事実はエリンには気まずい。

「あなた散々私と一緒にいたのに平気だったの?」
「・・・・。悪いけれど、そういう話ならしたくない。他に訊きたいことは?」

アレックスから笑顔が消える。
怒っているというよりも、その隠さない妬心の気配にエリンもつられて少し黙った。
s3-9 (20)
エリンはこうして全然知らないアレックスの顔を何度も見せられている。
その柔和な雰囲気のなかに時折鋭さが見え隠れする。

「私は、あなたのことを全然分かってなかったみたいね。・・・・でもやっぱり違和感があるのだけど」
「ん?」
「この家に来てからのあなた。私のところにあまり顔を出さなかったわね。
 体調は心配してはいるみたいだけど、そもそも記憶を取り戻そうとしてないみたい。それはなぜ?」
「・・・・・・」

アレックスに笑顔は戻らない。
代わりに真っ直ぐにエリンを見つめ、何も言わないままのアレックスの手がエリンの胸元に伸びてくる。
s3-9 (23)
驚かなかったといえば嘘になるが、そのまま押し倒してくるというなら別にいい。
元々男としてのアレックスは『悪くない』という認識はあったのだしと、頭の片隅で冷静に女の計算をするエリン。

しかしアレックスは「外れかけてるよ」と呟いて、開きかけていたエリンのパジャマのボタンを閉じる。
さらには「よし」などと、子供にでもするかのようにぽんぽんとボタンの部分を軽く叩いた。
エリンはあっけにとられて、「は!?何?!」と素っ頓狂な声まで出てしまった。

「閉じ込めるような真似はしたくないから」とアレックスが呟く。
「はっ!? あなた何の話してるの?」
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「エリン、俺はね。君が、俺の家に来る前にどうやって育ったか・・・それをどう思っていたのかも全部知ってるんだよ。
 ━━━確かに今の君が、家族や友達のことも分からなくなってしまったのは悲しいことだけれど、
 すぐにどうにかできるものでもないなら追い詰めたり、・・・・閉じ込めるような真似はしたくないんだ。絶対に」

一瞬息ができなくなると思ったほど、重い衝撃が腹のそこからエリンの中にせり上がる。
暗い暗い、ひとりだけで抱えていたはずだったエリンのひみつ。
閉じ込められていた子供時代。
エリンはその混乱を処理し切れず、手近なアレックスに当たるように吐き出す。

「子ども扱いしてみせてるのも、同情でもしてるつもり!?」
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「子ども扱いもしてないし、同情もしてないよ。でも理解はできてる・・・できてたと思うよ。よく色々話をしたから」

ベラベラと何を話したというのか!なんて弱い!そしてありきたりな女なんだろう。『記憶をなくす前の私』は!
自分自身への怒りにエリンはくらくらする。
そこでエリンはハッと気付いた。

「あんなに実家を嫌ってたあなたがサウスの家に戻ったのも、私に関係があるの?」
「・・・・・・」

アレックスは答えない。宣言したとおり嘘はつかないが、エリンのために戻ったとは認めない。
そうして恩を着せるようなことを彼が口にしないゆえに、その事実を素直に受け入れられるがエリンの口調はついキツくなる。

「アレックス!どうしてそんなことまでしたの?!」
「全部失くせたらいいと思ったんだけれど、既に起きたことは消さないから。残ってるものだけでも全部失くしたかったんだよ」
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「・・・・━━━━・・・・。・・・・・そう・・・・・」

そのまま長く長く会話は切れて、元々寝室で控えめにかけていたBGMが耳に入る。
こういう長い沈黙のときにはありがたいとエリンはそっと思う。
アレックスも立ち去りもせず、窓の外の夜に目をやった。

彼が自分のためにした(さらに自分のためにそうであることすら認めない)という彼の愛情に対して、
ちょっとだけ、エリンの心の中の針が動いた。

「アレックス、こっちで寝て」
s3-9 (31)
さきほどの『したいなら受け入れてやってもいい』と軽く考えていた程度だったものが、
若干エリンが能動的となる程度には彼に近づいた。
誘われたアレックスも少し驚いて目を見開いたが、
明らかにまだエリンは完全に愛情を彼に向けているわけでもなく・・・それが分かりきっているだけに表情は冴えない。

「エリン。・・・・そういうのはいいんだよ」
「ちょっと。あなた私が好きで結婚したんでしょ。その私がいいって言ってるのに拒否するつもり?」
「拒否とかじゃなくね。違うと思うんだ」
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「なにそれ。そもそも図々しくベッドに座ってきたくせにどういうこと?」

はーっとエリンが大いに呆れた様子で溜め息。
アレックスとしても、理由ぐらい察して欲しいものだ、と同じく溜め息をついた。
するとエリン。
ピンときたという顔で「もしかして勃たないとか?」と、同時になんと遠慮なくその手をアレックスの━━

「・・・・・・・」
「・・・・・・・エリン」
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つつつつ、もぞもぞ。
最初はまず場所を探るように、見つけたらエリンは遠慮なく可愛がるようにちょっこっと撫で続ける。
あは、とエリンは明るく笑った。

「ちゃんと勃つじゃない!」
「・・・・・。エリン・・・・・ 話ができないから。やめなさい」
「話すことなんかもういいって。溜まってるんじゃないの?それって一応私のせいになるのかしら」
「エリン!」

エリンの手が、とうとうべりっと剥がされる。

「なに?!あの若い執事雇ってるから間に合ってるってこと?」
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「な、にを・・・馬鹿なことを!あんな子供に・・・俺は興味なんか元々ない!」

思いも寄らない嫌疑に、珍しいながらアレックスが声を荒げた。
執事モナは子供という年齢でもないが彼にはよほど範疇外らしい。

「大声出さないで!それでどうするのよ、寝るの、寝ないの!?」
「寝るよ、寝ればいいんだろう!ただし」

アレックスは真っ直ぐにエリンを睨む。

「何もしないよ。ただ本当に寝るだけ」
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これにはムッカー!と分かりやすく気分を害したエリン、
「あっ、そう!」と言いながら叩く勢いで寝室の明かりを落とした。
こうしてアレックスの男としての矜持と、エリンの女としての矜持が真正面からぶつかることとなった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

エリンは身体をびっとりという表現ぴったりにアレックスに寄せる。
上掛けの中では足までアレックスに乗せた。
s3-9 (35)
「アレックス。私、何もしない男とベッドで横になる趣味なんてないの」
「・・・。そう。でもしないよ」

アレックスは対峙しているのがエリンだというのに、非常に珍しくイラついている声音を隠さない。
記憶が昔に戻っているとはいえ、
こうして他の男共の存在を匂わせられるのは簡単にアレックスの気分を害する。
有象無象の男と一緒にくくられたくなどない。

「何でガマンする必要があるの?」
「・・・・・。その理由が分かってないからだよ」
s3-9 (40)
「・・・・ ヘンな宗教でも始めた?」
「そう思いたければどうぞ」

胸元をいつの間にやら開けたエリンが、さらに身体を寄せる。

「したいくせに」
「おやすみ、エリン」
s3-9 (39)
エリンに恥かかせないよう最小限に。
背中を向けるような拒否の姿勢はみせない。
でもアレックスは仰向けのまま頑として動かない。

するとエリン、今度は「なによ、臆病者」と罵った。
臆病者?

このエリンにここまで誘われてるのに、誘いに乗らないでいられる男が世界にどれだけいるというのだろう。
アレックスもまた溜め息。

「やっぱり分かってないね、おやすみ」
s3-9 (41)
アレックスはとうとう目を閉じてしまった。








どん、という衝撃と共にエリンは薄っすら眠りから覚めた。
自分の肘がアレックスの腕か肩にぶつかったらしい・・・

(あれ、いつのまに・・・普通に寝てた?)
s3-9 (42)
他人と一緒に寝たことなど”記憶には”ないが、結局自分はアレックスの横ですっかり寝てしまっていたらしい。

数秒してむくりとアレックスが起き上がる気配に、
エリンはすぐに目を閉じる。
あふと欠伸のようなアレックスのため息と共に、
エリンのお行儀の悪い肘が掴まれて、エリン自身の横にお行儀よく収められた。

さらにアレックスは先程エリンが自ら開けたパジャマのボタンをまた閉じてやる。
s3-9 (43)
「おやすみ」

寝ていると思っているらしいエリンの額にいつものようにキスをして、
エリンの頬を撫でると寝ぼけている彼はすぐに眠りへと戻った。

するとエリンもまたアレックスの体温に引きずられて再び眠りに付いた。








「・・・色々と花飾ってくれてるけど、そのピンクのバラは特に綺麗よね」
Screenshot-62.jpg
「! ですよねですよね!これ、毎日届けてもらってるんすよ!」
「へえ、あなた意外に濃やかなのね。わざわざ花屋から取り寄せててるの?」
「いえ違・・・・あッ!しまった」

”言ってはいけないことをもらしてしまった!”とでもいうように、執事モナがマンガのように口を押さえる。
分かりやすぎるリアクションに、エリンが容赦なく「なによ」とツッコむと・・・

「あ~・・・アレックスさんと話していたんですけど内緒にしようって言ってて、その」と、ごにょごにょごにょ。
「言いなさい。ハッキリしないのはキライ」
Screenshot-63.jpg
このエリン、中々キツい。
あうあう、と執事モナは気まずそうに白状しだす。

「えと・・・エリンさんは覚えてないと思うんすけど園芸家のマークさんていうひとが、お友達にいて。
 あたしもビデオ通話とかで話したことあります。で、エリンさんはそのひとに庭のこととか習ってたんですけど・・・
 その人から毎日お見舞いで届いてるんです」
「ふーん。・・・・え?私がガーデニング?? マーク?」

友人のマーク、といわれても、このエリンには『軍人のマーク』とは繋がらない(現在のマークは既に退役しているが)
そもそも自分がガーデニングなどと・・・。あ、とエリンは繋がった。
s3-9 (50)
「時々アレックスが庭で誰かに電話してるけど、その相手は『マーク』?」
「あ!そうっす!!エリンさんの庭だから変えないけど、世話はしないといけないですから。
 ただ、あたしらじゃ雑草なのかハーブなのかすらもサッパリ見分けつかなくてって」
「ふーん・・・手間掛けてるわね。ありがと」

正直この庭に愛着はないが、エリンはそう思う。

「いえいえ!そういうの進めてくれたのも全部アレックスさんすから!
 あっ、で。このバラなんですけど、その・・・アレックスさんが言うには、知らない人から次々お見舞いが来たら
 疲れちゃうからって・・・マークさんにもOKもらって、しばらくは内緒にしようとしてたんす」

お義理でも自分に対して見舞いの類が一切ないことで、てっきり『記憶があるという自分』は引きこもりってたのかと邪推し、
そんな自分を情けないと思っていたのだが、そうじゃないらしい。
・・・・意外にもエリンはほっとした。
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「言ってなくてすんません・・・」
「別にへーき」

対して執事モナも秘密を明かして胸のつかえが取れたらしく、
次々と知り合いだのから寄せられたという見舞いの花々について明かしだした。

「ほかにも色々なところにあるお花とか、お友達からたくさん届いてるんですよ。
 このバラだけじゃなく、こっちの小さなヤツもそうですし!」
「・・・ああ、そういうこと」

家の中の花が飾るにしても、どれもこれも色も高さも随分とバラバラで雑多な印象があったが
全てエリンへの見舞いで寄せられたものだったということか。
Screenshot-61.jpg

「お散歩してたおばあちゃんがフラっと、そこのブーケ来て持って来てくれたりとか。
 エリンさん顔広いから噂回っちゃって回っちゃって!全部うちらで事情話して受け取っちゃってましたけど」
「顔が広いねえ・・・」

「ちなみに昨日の夕飯のお肉のでっっかい塊も、お隣のイアンさんからなんですよ。血を出したなら入れろって!
 たぶん、また月曜と木曜に届くと思うっす」
「・・・・・・・・・」
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定期的に妙にバカでかい肉のブロックが届くのは、そういうことか。・・・・肉屋の定期便かと思ってた。
ふっとそこでつい、エリンは笑ってしまった。





ふと、エリンは自分への視線を感じる。
室内に首を振るとアレックスが自分を見ているのに気付くと、彼の方からそれはそれは柔らかく微笑まれた。
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アレックスに共に寝てもいいという『許可』を与えてから三晩経ったが
彼は随分な距離を保ちながら、随分な忍耐で結局なにもしてない。

そしてエリンに知られないようにしながら、エリンの周りを想像以上の手間を掛けて
記憶のない自分を追い詰めないよう細心の注意を払ってくれている。
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その事実に気付いたエリンもまた、自然と口角を上げて微笑み返していた。




→第10話


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