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第11話 彼女の答え Set a thief to catch a thiefⅧ

←第10話


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意外にも、そこはサンセットバレーの住宅地の一角。
ただしアレックスが拘ったのであろうイタリア風の、いかにもアンティークな住居があった。

「こういう場所とはね。移築させたの?」
「かわいいだろ?海岸沿いは空きがほぼ出ないからね」とアレックス。

1階の一番奥の空間がアレックスの作業スペースで、玄関ですぐ油絵の具のにおいが鼻に迫る。
つい最近まで描いていたと分かる新鮮さにエリンの口元が緩み、
迷いなくそちらへ向かってゆく。
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記憶がないエリンにも、こうして変わらず自分の絵を楽しみにされているというのは
アレックスの画家の部分を充たしてくれる。
イーゼルに置かれている真新しい彼の絵を見た瞬間、エリンはつい素で「あっ」と声が出た。

(戻ってる・・・・)

かつて自分がアレックスの実家に潜り込んでいたころアレックスの絵に才能に惹かれた。
しかし共に彼の実家を去り、自分の元で描かれたアレックスの絵はどれもエリンにとっては芳しくなく・・・
排他的で寒々しく隠れ家に飾る気もしなかった嫌いな作品ばかりだった。
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でもいまのアレックスは本来の温かみを取り戻し、自由に伸びやかになっている。
壁に雑然と重ねられているのは様々な技法を試した習作だろう。
彼が得意としている風景画だけじゃなく抽象画まであるがどれも楽しげで・・・、
アレックスの中にあった壁のようなものを乗り越えられたのだろうと理解ができた。

しかしエリンにはその壁というのが
アレックスが全てから逃避し、エリンへの想いゆえ彼女とも一線引かざるを得なかったことに由来していたということまでは
まだ思い及ぶことができない。

じっくり見入っていたエリンに、「どう?気に入らない?」と、
実際そうであっても恐れもしなそうなアレックスの軽い問いがかかる。
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「ううん、気に入った。でもコレまだ途中でしょ」と、エリン。
「うん。前に旅行にいった場所なんだけれど描いてみようかなと思ってね。
 ただ正直色々新しいこと試しすぎて崩れてきちゃってる気もしてもいるんだ」

「そんな感じ。楽しくて仕方がないみたいね。とくに雲のところはまだ迷ってる?」
「ははは、わかっちゃうよね。そうなんだ。何回か倉庫にしまっても取り出して描き直しちゃうんだよ」
「そう」
「・・・・━━ 俺の絵はもう嫌いじゃないのかな?」

エリンはびっくりした。
隠してるつもりだったが 『妻エリン』はそんな無神経な事実までアレックス本人に告げてたのかと心底呆れる。
しかしアレックスはそんな目の前のエリンの考えが分かって首を振りながら、
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「直接聞いたわけじゃないけれど昔から分かってはいたよ。昔・・・じゃないか。君にとっては、ごく最近かな。
 君は画廊で売るっていう体裁を保っててはいても一度も隠れ家に飾ってはくれなかったからね」

「私、嘘がヘタ?」
「好き嫌いに関しては今も昔も分かるよ。言葉がなくてもね」

そのアレックスの言葉に、暗に『いまの君は俺のこと好きだろう』という含意もあるのがわかり、
大人の男の顔をしている彼にエリンはどきりとさせられた。
その余裕のまま、ゆっくりとアレックスは尋ねる。

「でも俺はあの頃の絵の何が嫌だったのか、いまだにちゃんとした理由を聞けてないんだ。教えてくれるかい?」
「・・・。何枚も描いてもらったけど、どんな季節でも、どんな風景でも物悲しいくらい寂しくて。
 気分が沈む絵だから嫌いだった」
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アレックスはエリンの回答に深く納得しつつ、
「”だった”、なら良かったよ。自分では何かを変えたつもりはないんだけどなあ」と笑い飛ばす。

エリンは昔を思い出す。

かつてアレックスを”お兄様”などと口先だけの敬称をつけて呼びつつ、
もっとあなたの絵を見たいのだと迫った日が懐かしい。
若かった自分が偶然見つけた、とっても綺麗な才能がこうして開花してるのだ。
見つけた己を誇らしく思う。
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目の前の未完成の作品は伸び伸びして楽しそうで、
アレックス本人と同じように押し付けがましくない温かさが溢れてる。
この才能の片鱗をあの日アレックスの実家で忍んでいたときに見つけ、この温かさにエリンは心底惹かれた。
あの高揚が甦る。

「ずっと見たかったのは、そう。こういうの」

そうエリンは呟くが直後、顔が強張った。
気付いてしまった。

「アレックス。私の元で描いてる・・・描いて”いた”絵が、あんな風になっていたのは私のせいね?」
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このまえの夜、かつてエリンが彼の実家に潜り込んでいた頃から彼は自分に惹かれてたと明かした。
そのあいだ、裏稼業で何度心配させ、彼の恋心を何度踏みつけた?
自分はどれだけ好き放題をし続けていただろう。
その長いあいだ、アレックスが押し殺していたものが彼の絵に影響しないはずがない。

「散々あなたに・・・・・自由だとか、好きなところに行っていいとか、絵を描けとか言ってたくせに、
 肝心のとこで足を引っ張ってたのは私だったってわけだ。ばっかみたいね私」
「そんなことはないよ、エリン。この話はよそう」

「信じられないほど大馬鹿。ほんと、私どれだけ」
「いいから。やめろ、エリン」
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滅多にでない強い口調でアレックスが止める。
エリンは言われたとおり自虐の言葉を飲み込むが、
自分が見つけた才能を助けたつもりになって調子づいていた幼すぎる自分を深く恥じ入る。

「そんなことどうでもいい。昔のことだ」
「あなたにとってそうでも私には違う」
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もう10年近くになるほど昔に終わったことなのに、エリンが今のこととして傷つくなどアレックスには辛い。
自分のことで苦しむことないのに。

自分は妹のダイアナのように時間を戻せない。
エリンが自己嫌悪に完全に埋もれてしまう前にアレックスは明るく笑いかける。

「誰にだってやり直したいってことはあるよ。
 でも間違えない人生なんて誰にもない。そうは思えない?」
「・・・・・あなた、そんなに切り替え早かった?」
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「それも人生の醍醐味だと思えるようになったんだよ。遠回りも人生。・・・・老けたのかな?」

エリンはやっと少しだけ笑い、「私達は遠回りしすぎてる気もするけど」と言う。

「じゃあ昔に戻ってみようか?エリン」
「・・・・ どういう意味?」


アレックスの実家でエリンがキャサリンなどと名乗っていたころ。
気弱な少女を演じているなかで垣間見えたエリンのその強さに興味を引かれ、
憧れ、惹かれた。
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エリンの隣にいるため『部下』などという居場所に自分を押し込めてからは
恋心は雄の征服欲と独占欲とで歪み、屈服させたいという思いまで孕んだ。
代わりの女でそれらを押さえ込むほどに、
それはそれは歪に醜く醜く・・・・。
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でも一番最初に抱えていたものはとても単純なものだ。
アレックスはあのころに立ち戻って剥き出しのきもちをそのまま取り出す。

「俺は君が好きだ」
「・・・・」
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それはあまりの飾らない、
三十路もとうに過ぎた男には幼稚な口説き文句だが、当時ならばこれが一番ふさわしい。
妻である彼女と日々を送り、愛していると思うだびに言い続けてはきたが、
もともとあの青い日に芽生えてたものはこれだ。

「ずっと伝えたかった。エリンでもキャサリンでも、名前なんか何でもいい。俺は君が好きだよ。
 俺の家で、君がスピーチをしてみせたあの夜から俺はずっと君が好きだった」
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対して、エリンまでつられて当時に振り戻された心地にされる。
お嬢様ぶるために化粧もろくにしないでいた、少女と大人の女のちょうど境目のころを思い出し、
エリンが赤く染め上がった。

「エリン。あの家もこの街も出て、君がしたいことは何でもしよう。
 でももう盗みはするのはだめだ。ついさっき俺のことでなってたみたいに君がひどく傷つくのを見たから二度とさせない。
 他の楽しいと思えることを見つけよう。一緒に」
「あっ、えと・・・・・・」
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エリン、顔を染めてまだ言葉が出ない。
このような中高生のような告白の問答、このエリンはされたことがない。

「そうね、あの」
「ん?」

若干もじもじとした様子を見せるエリン。
彼女の中のこういう少女のままの部分があることをアレックスは元々知っている。
ああ、なんて可愛らしいと思いつつも、「そちらは好きだって言わないんですか?オーナー」と助け船半分で大いにからかう。

「本ッッ当、憎たらしい男ね!!どれだけ猫被ってたってのよ、アレックス!なーにが『オーナー』よっ!!」
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人差し指でアレックスの胸板を弾きながら強気に言い返す。
『妻エリン』とは違う、このエリンの姿も記憶がない昔の彼女だからこそ見れるんだろう。
恥じらいを仮初の怒りで隠したエリンの姿に、またアレックスは笑う。

「こういうのは男から言うものだから。でもそっちが言わないなら」
「・・・・なら、なによ・・・」

エリンが子供っぽく弱弱しく呟き、
アレックスは自分を弾いてきた攻撃的な腕を剥がしにかかる。

「言わなくていい」
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優しく重ねるだけのキスから始まり━━━━
きっと彼の人柄そのままのように慈しむようなものだろうと考えていたこのエリン、
再度どれだけ自分がアレックスという男を知らなかったのか思い知らされることになる。

剥がされたエリンの腕はそのまま部屋の柱に強く押し付けられ、
足の間にはアレックスの足が入り、二度ともう逃がさないと張り付けるかのような体勢で
穏和とは程遠いキスで襲われる。
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恐ろしいほどに感じる箇所を知り尽くされてるキスが本当に自分達が夫婦だった事実を一番思い知らせる。
どれほど自分の身体を知られつくしてるんだろうか?
上顎のとある場所、エリンが一番良い箇所を舐め上げられながら息に嬌声が小さく混ざり
柱に寄りかかってずるずる下がってく。

すると一度その最高のキスが取り上げられてしまった。
なんでなのかとエリンが惚けつつ目を薄っすら開けると、アレックスが「腰あげて」と指示をしてきて
何も考えずに従うと彼が自分のカーディガンをエリンの下に敷く。

「汚れちゃうからね」
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ほわりと優しい声で言われてエリンも微笑む。
そしてキスが再開すると、また柔らかさの下のアレックスの男の本性が露になる。
破かれたのかと思うような勢いでエリンの服のサイドファスナーが一番下まで一気に下げられ、
エリンは一瞬身体を強張らせるくらい驚いた。

内心アレックスはエリンのこの服の構造に苛ついてる。
黒のオールインワン。流行の型らしいが腰元まで下げると立っていればストンと足元まで簡単に脱げてしまう。
あのさっきのバーでエリンが言い寄られていた事実とこの服のことを合わせて考えるだけで
脳がチリチリと焦げそうになる。
唇を重ねながらエリンの服をずるり引っ張るように脱がした。

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一息ついて、その邪魔な服を後方へ放ると
それはテーブルを揺らして絵筆立てを派手に床に落としたがアレックスは無視する。

あ、とエリンの方が一瞬気をそらされたのに持ち主の方が無関心だ。
視線をアレックスに戻すと目の前で開襟したシャツの隙間から見える胸板に、
このエリンは彼が着やせするタイプであることを初めて知る。

「言っておくけど散々我慢させられたから好きにさせてもらう」
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少し苛つきながらアレックスが低く呟くので背中がぞくぞくする。
いつもするときアレックスはこういう口調なのか、
それとも記憶のない自分は妻ではないからなのか・・・我慢させすぎて怒りに近いほど飢えてるからか。

次々見せられるアレックスの雄の顔に興奮させられてる。
脇の下に手を入れられて膝立ちにさせられ、エリンは柱にまた押し付けられた。

無防備な下着姿にさせられて、エリンは自分自身をアレックスに知り尽くされてることがますます分かった。
胸を弄られるのは飽き飽きしてる、というのがエリンの本音。
胸が大きいと自分の欲の赴くまま胸を弄る男ばかりだった。
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ありきたりにキスから始まり、すぐに目立つ胸を散々弄って下腹部へ・・・ではなく
アレックスは臍から腹部を上って胸の横のエリンの弱い所をくまな触れてゆくので
全身を軽く震わせながら簡単に声が出た。

胸そのものを無視するわけではないが、
それよりもアレックスは深い胸の谷間の心臓のうえに少し長めのキスを落として通り過ぎる。
欲望一辺倒のようで、合間合間に心を包まれる。

そのまま顔に近づいてきたアレックスから鎖骨そして首筋と唇で愛でられ続けて
温かい愛情にエリンはとっぷりと浸りきる。
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のも束の間。
油断しきってたところに、なんと二の腕にがぶりと容赦ない歯を立てた痛みをもらいエリンは「いったぁいっ」と叫んだ。
前戯でするレベルの痛みなんぞでなく、
見事に歯形もついててムードもふっとんでエリンは怒る。

「ちょっとっっ!今のは痛いっ!」

そのまま上目にアレックスは無表情にエリンをねめつけ、歯型のうえにキスするが目は反省していない。
次からは流石に加減されたが、暫くエリンの悦ぶ悦ばないを無視して二の腕から肩口へアレックスが噛みあがる。
エリンは少々おそるおそる「・・・・アレックス・・・・まさか、あなた怒ってる?」と尋ねた。

「怒ってないわけないだろ。なんであんな場所に行った?」
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なるほど。男漁りにいったと思われてるわけだ。
彼としては、ああいう場所に出掛けたことは昔を連想させて許しがたいようで
最後のお仕置きにがぶり、痛みはごく軽いが噛み付いたままアレックスは彼女の答えを待つ。

「なんでだろ。わたし、居場所がなくて、・・・知らない人のほうが楽かなって・・・」
「他の男のほうが?」
「他の男?・・・・気持ち悪い」

そのエリンの言い方は心底嫌悪感に満ちていて、アレックスはやっと噛み付いていた口を離した。
妬いて怒ってるというより彼は本当は悲しんでると分かる。

「わたしのこと変えた責任は取ってくれるんでしょうね?」
「エリン」
「・・・・・最初からあなたのとこ行けばよかったね」
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「本当だよ。辛いなら、すぐにどこにでも連れていったのに、どうして最初に俺のところに来ないんだ」

アレックスが辛そうに言うので、「ごめん」とエリンは自然と言ってしまう。
そうして真夏の夜の室内で玉の汗をかきながら営為はすすみ、
とっくに理性など投げ捨てた頃合にアレックスが熱い声で告げる。

「言っておくけど俺は持ってないよ」
「そりゃそうでしょ、夫婦だったんだから。どうせ子作りしてたでしょ」
「こづ・・・まあ、去年から自然に任せてるよ」

その直接的表現に、アレックスはちょっとだけ我を取り戻して苦笑い。
しかしエリンは臆することもなく、むしろ煽る形で腹でアレックスを擦り上げながら艶美に微笑む。

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「焦らされるのはキライ」とエリンは宣言すると少し腰を引いて足を開き、
手など添えもせずに動きと足を絡ませてアレックスを自分の中へ押し込んだ。

「・・っ、エリン」

支配的で嗜虐的で、献身的で、なんて淫猥な行為だろう。
エリン、これだけは言ってやりたい。

「そもそも挿れる直前になって言い出すとか、あなた相当ズルイくない?」
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アレックスの腹の奥の狡さも全て内包し、余裕で微笑む。

そのまま彼に見下ろされる態勢のまま、
彼を見下すような顔つきでエリンがさらに腰を奥へと進ませていけば
アレックスが眉を寄せて息を吐きながら睨むような顔で快感に夢中になっている。

どれだけ我慢してたかの想いのたけを吐き出すかのようなキスをされたあとに、
動物的な快感のまま動いて幾度となく態勢を変えるが、
互いで場所を探ることも必要なく全てが好い。
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気持ちいいだけじゃない、
アレックスの絵の中にもある温かさのなかに浸るかのように愛おしまれる。

満たされて夢中で汗だくになりながら再び態勢が変わり、
挿入とは別の・・・・腰が抜けそうになる感覚が後ろに突然走り始めて
嬌声混じりにエリンはまた叫ぶ。

「ひゃ、あ、・・・・っ?!ちょっと?!!ちょっと!?待って待って待って待って待って!」
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「なに」

性欲一色のアレックスの声は硬い、相当に余裕のない声色。
だがエリンにとっても事態が事態なので臆しない。

「そんなところやめて!」
「でも好きだろ?」
「っ、うそ!?そんなの私、・・・・絶対絶対うそっ!うそよ!!」
「そんな嘘つかないよ。別に普段も挿れなんかはしないけど」
「・・・うそぉ・・・・」
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唇に強い赤を宿してる昔のエリンがこんなにも動揺してる姿は、現在の体位も手伝って
アレックスの男の支配欲の暗い部分を最高にくすぐる。昔の自分が見たいと願っていた、この姿。もっと見たい。
止める気はさらさらない。

そのままアレックスが弄る指先を止めずにいると、
へなへなとエリンの腕の力が抜けて床にへばりついて腰を上げてるだけの姿になった。

「いっ・・・ぃ、やあ・・・・・絶対うそ!!ひゃ・・や・・・私が覚えてないからって、したいことしてるでしょ!」
「まさか。俺のほうがよく知ってるだけだよ」

そのまま彼はエリンの理性の拒絶は完全に無視し、いつものように優しく微笑みながら事実だけ伝えた。

「ほら、腰が動いてる」
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あの昼間の優しいアレックスの姿が偽物だとは思わないが、
この宵の彼との差異はどうしたことか。
エリンにイニシアティブがあったのも挿れるときくらいだが、それだって彼に手のひらで転がされたようなものな気がする。

支配されて、縛られて、逃れられない。
一番自分がされたくないことのはずが、それが堪らなくいい。
もはやエリン、言語能力がゼロの状態にまで叩き落されて嬌声しか出なくなった。









「アレックス・・・・いま何時?」
「さあ?」

すごかった。
夫婦だから?アレックスがすごい?もはやどっちでもいいし、両方かもしれないがすごかった。
汗をかきすぎて肌のべたつきすら流れサラリとするほどで、
先程のクラブで入場で押された手の甲のスタンプも消えてしまってる。
終わったあとのアレックスはまた柔和で優しく、乱れた髪を整えてやりながら彼女を抱き寄せている。

「それでエリン、どこに行きたい?すぐに手配するよ」
「・・・・行ったところないとこ・・・アジアでも中国ら辺はまだ・・・」
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「じゃあまずはそこだね」

アレックス達の新婚旅行先は中国だったが、それもこのエリンにはなかったことになってしまっている。
しかし寂しさはない。
もう一度最愛の人間と恋をやり直せることにアレックスは幸せを感じている。

それはこの街にいる家族━━ダイアナやイアン、アンドリュー、
そして友人も含めて沢山の人間を切り捨てることになるが、それでいい。
思い出したら戻ればいいし、
思い出せなくても自分だけは唯一無二の家族としてエリンを決して追い詰めない。縛らない。
でもエリンをひとりにはしない。

「・・・アレックス。ちょっと。離して」
「どうして?久しぶりにこうできてるのに」
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それでも無理やり離れようとするエリンに、
鈍いアレックスは不思議に思いながら離す気などなく改めて抱き寄せる。
すると観念したエリンが「トイレっ」と叫んだ。

「おや。それは失礼」
「最ッッ低の公爵ねっ!爵位返上して大正解よ、この変ッ態!」

開放されたエリンの強い捨てセリフに、
あっははははとアレックスは大笑い。

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素足でぺたりと歩いてゆくエリンがふらり一瞬揺れた気がして、
危なっかしいなあとアレックスが思い及んだ瞬間。

「あっ!?」

ずるっ!
アレックスの目の前で、間抜けなポーズでエリンが宙を回転してゆく・・・・
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ごん!!
エリンが床にすっ転んで後頭部を打った音にアレックスはあんぐり口を開けて、次の瞬間彼女の名前を叫んだ。







で。






エリンが欠片だけ憶えていた、8月28日。
その日もサンセットバレーは快晴。
予定通り・・・・無事、記憶を取り戻したエリンと、
アレックス、そしてイアンも共に来年プレオープン予定のエリンが館長となっている美術館に集う。
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残念ながらダイアナ、そしてアンドリューはダイアナのつわりが早々に始まってしまったため欠席だが・・・
その日は正式な復帰第一作をとうとう描き終えたアレックスの作品が納品された日で
記憶を失っていても、その日付を忘れられないほどエリンが熱望していた日だった。

「ダイアナも今日は来たがってたけどな。悪いな、アレックス」と、イアン。
「俺はいつでもいいよ。あとで顔だけ見に行くよ。つわりっていうのは随分辛いんだろ?」

「薬も飲んでるし、横になってりゃ吐くのは平気らしいが、頭が車酔いみたいなのがずっとあるんだと」
「えっ?吐くだけじゃないのか?」
「俺も知らなかったよ」

そして話題は記憶を取り戻したエリンの件に。
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「この日に間に合わなくても良かったんだけどな、あいつド根性みせたか」と、
イアンは記憶を取り戻したエリンのことを笑う。
言われたアレックスものんびりとした笑みを浮かべながら、

「とにかく傷が開かなくてよかったよ。もう一度頭を打って戻る、っていうのはあまりないらしいんだが・・・
 運がいいんだか悪いんだか」
「お前のアトリエで、床に転がってた筆にすっ転んだってつってたよな?珍しく片付いてなかったんだな。
 職場散らかすタイプでもねえだろ、お前」

ぎくり。
そこに気付くとはイアン、やはり鋭い。

「まさか『昔のあいつ』とここぞとばかりにヤりまくって、筆立てひっくり返してたとかじゃねえだろうな」
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「あっはっはっは、まさか!!そんなわけないだろ!」

アレックスは話題が話題だけに涼やかに嘘をついて笑い飛ばしてまでみせた。
完璧な嘘のはずが、イアンは「うそだろ、図星かよ」と笑いながら呟く。

「!? なんで分かった!?」
「引っかかったな。マジで図星かよ!!信じらんねー、お前!!スカしてるくせに本当そういうの抜け目ねーよな!!!」

ぶっはっはっはっはっはとイアンに崩れ落ちる勢いで大笑いされて、
アレックスは首を振りながら「イアン、もう少し話題を選べ」と悔し紛れに言うしかなかった。

するとタイミングよく帰ってきたこの美術館の館長エリンが現れてくれた。

「じゃあ、始めましょう」
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館内はプレオープンを控えて、まだ作品を運び込んでいる期間であり閑散としている。
100%出資者のイアンの来訪にもかかわらず、あえてエリンは他全員のスタッフを入れていない。
館長エリンの厳命により特別に館内には3人だけ。

「お前が俺でも来たいと思える美術館の答え、見せてもらおうか。
 正直外観も内装も悪くないが驚くってレベルじゃないな。奇抜なもんでも建てるかと思ったけど保守的な感じだよな」

イアンは誤魔化しのない現段階の感想を伝える。

「取り扱うジャンルが多岐に渡るなら、少しそういうイメージも残したほうがいいから。
 でも屋外と2階は空間美術━━━インスタレーションアートを飾るのよ。
 例えば部屋いっぱいの風船とかで表現したり・・・説明よりも実際行ってもらえばわかるわ。
 ここみたいに置いてある作品を見る、じゃなくて、その作品自体の中を鑑賞者が歩いて楽しめるの」
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「ちょっと昔にどっかで10万個の白い風船で雲みたいなの作ってたのは読んだな。アレか」
「ロンドンのコヴェントガーデンなら、そう。まさにあれがインスタレーションアート。
 特に小さい子供がいるような層は美術館から縁遠くなりがちなんだけれど、屋外エリアは子供の来館も問題ない構成にして
 ちょっとした公園みたいに開放するの。屋外だけの入園ていう料金も低めで設定してあるわ」

金払ってでも管理徹底されてる公園で遊ばせたい層やら、
小さい子供に芸術教育させたい層に目をつけたかとイアンは頷く。特に質問はない。
が。

「良いけど珍しくもないな。田舎の屋外美術館じゃ、インスタなんとかじゃなくても同じコンセプトはあるだろ」
「そうね。でも都会だからこそ有料でも良い公園って重宝がられるのよ。ただ美術館としての売りは1階に展示するわ」
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イアンの厳しい評価もエリンは予想通りとでもいうように笑顔で同調する。
そして連れて来られたのは一番良い場所のはずなのに置かれている変哲もない、フツーの3つの現代アートっぽい作品。

「まずはこの3つを見てみて、どう?」
「現代アート、だろ?絵と、彫刻な。で?なんだよ?」

はっきりとガッカリ声でイアンは眉根を寄せる。
このイアンは有名な絵画にも食指が動かないのだ。
古い歴史があるわけでもない、明らかな新しいものには一層興味がわかない。

「見覚えはないかしら?」
「はあ?俺が?・・・?・・・」
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美術館に縁遠いイアンの目を一番引くのはやはり真ん中にある絵。
昔のエリンを髣髴とさせなくはないが、まさかそんな理由で美術館に展示しないだろう。

「まさか『あたしにそっくりな絵をあたしが説明するのが売りなのよ』とかじゃねーだろーな。んなもん認めねーぞ」

イアンが意地悪く言うと、
エリンの仕事中だからと少し距離を置いていたアレックスが「イアン、おしい」などと言いながら笑いを噴出した。

「あ?惜しいってなんだよ」
「よく見てみると分かる。たぶん。知ってるよ」
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「アレックス!しーっ!黙ってて!」
「はいはい、ごめんね」

アレックスにヒントを貰ってイアンも気付く。
真ん中に飾られている昔のエリンぽい絵じゃなく、左に飾ってある絵は言われてみれば確かに見覚えがある気が・・・。
しかし美術館なぞに縁遠い自分が一体どこでこれを見たのか━━━━
気付いた瞬間イアンはぎょっとして目を剥いた。
そしてエリンが「気付いた!?気付いたわね!?」と同時にいたずらっ子のように笑う。

「お前、これお前が昔盗んだやつじゃねえか!!」
「ピンポーン!大当たり!!ここにある3つともそうよ!!それがここの目玉!」
「はあ!?なッ・・・・ばッ・・・・・」
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何馬鹿なことしてんだお前と言いたいが、驚かされすぎてイアン珍しく言葉にならない。
後ろでアレックスがあっはっはっはと何と笑っている。
そしてエリンが何を売りにするつもりなのかも気付いてしまった。

「お前、盗まれたことのあるモンをここの展示の売りにするつもりか!!」
「そう!私がやったやつ以外でもね。誰だってちょっと一度は見てみたいでしょう?
 昔ニュースでやってたような盗まれたものがあったら、その理由だって絶対知りたいはずよ」

それは感性を磨こう、作者に時代に触れようといった通常の美術鑑賞とは真逆で、
人間のいやらしい野次馬根性に訴える。
かつての盗品を売りに、だと不謹慎が過ぎるが、確かに今までにない層への集客効果は期待できる。

「・・・っ・・・」
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「といっても一時的な騒ぎで終わるかもしれないけれどね。
 ただ、そもそも私は『あなたが来たいと思える美術館にしろ』とは言われたけれど流行らせろとは言われてないもの。
 ハッキリ言って美術館は儲からないわよ」
「そこを突くか。確かにココで稼ぐつもりなんざ最初からねえよ。けどな」

イアンが難しそうな顔で夫妻を睨む。
先程笑ってたアレックスは早々にそれから逃げるようにわざとらしく笑顔をしまい、一方でエリンは余裕たっぷりに

「でも正直なところ、実は私がなんでこれを盗んだのかって本当に聞いてみたくはない?
 特別にあなたには”館長が自ら”解説してあげるのに」
「・・・・・・・」
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確かに正しくあろうとしてはいるイアンではあるが
エリン達が盗みを働いてたと知る前に、『なんでこんなもんが盗まれるんだ?』という意でなら美術に興味を惹かれたことはある。
不謹慎だが腹の底では・・・聞いてみたい。

「・・・いっとくけど認めたわけじゃねえぞ。悪いことは悪い、それは変わらねえんだからな」
「わかってる。でもこれでこのコたちも陽の目を見ることになるの。私たちなりの贖罪だっていうのも分かってもらえない?」
「・・・・。続けろよ」
「大体美術品の窃盗ってのはハッキリ言っちゃえば裏社会で『通貨』として使われるのが殆どで━━━━」

そのままエリンは美術品を愛すべき者として『盗品市場』を憂いつつ熱く語った。
経済的価値と、美術史においての価値はどうなのか。
正直美術がやっぱりわからないイアンは同調はできなかったものの、知的好奇心はしっかり満たされた。
・・・悔しいが楽しいと思わされたレベルで。

「・・・・ほかの、お前が盗んだ奴にも同じよーに理由があんのか?」
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「もちろん。それぞれ全然違うのがあるの。次に展示品の入れ替えがあったら来てくれる?」
「・・・。ああ」

流石に諸手を挙げて「いいとも!」というポーズはとれないイアンだが
その返答だけで、当初彼がエリンに課した『俺が見たいと思う美術館にしろ』という注文は見事クリアされたこととなる。
瞬間、エリンはそれはそれは嬉しそうに小さく自分自身に可愛らしく拍手した。

そして今日のもうひとつのメインイベント(だからダイアナも来たがった)へ。
美術館エントランスの真正面、サンセットバレーの風景画が掲げられている。

「アレックス、こいつのタイトルは?」
「決めてない。とりあえず13番って呼んでる」
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そうあっさりと答えたのは画家として、この正式な復帰第一作をとうとう描き終えたアレックス。
「タイトルがない?思い入れもねーのか」とイアンはニヤリ笑いながら、からかう。

「別にタイトルはなあ・・・・色々な漠然としたイメージはあるけれど、それを一言で表すのは苦手なんだ。
 そちらの”館長様”から依頼があったのはサンセットバレーを、ということでしたので」

凝りに凝って考えるタチかと思いきや、アレックスの回答はそんな茶化しを入れるほど軽い。
館長様と呼ばれたエリンはご機嫌でにこにこしている。

「描いてるの東側だな。”サンセット”バレーなのになんで西側じゃないんだよ?」とイアンは問う。
「・・・・海から見ているかたちにしたくてね」
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「?なんでだよ」

そこへエリンが会話に入りたがり、「イアン、あなたが一番見てる景色でしょう?」と笑顔で告げた。

「・・・これ、俺に合わせて描いたのか?アレックス」
「君の美術館だからな。一番見てる景色は海の中から観てる光景だろうからね」

「・・・マジか。・・・・。・・・・・・お前が?」
「お前が、は余計だ。イアン」
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これにはイアン、素直に感動してしまう。あのアレックスがエリンに頼まれたとはいえ自分のために復帰第一作を描くとは。
大昔の、あの自分達の初対面を思い出せば余計に。

「でもなんで俺に合わせた?俺の美術館だからって、・・・・商業的な理由で描くタイプじゃあないだろ?お前」
「しない。イアン、俺は芸術に興味がないってひとはね、まず観てみるっていうことすらしてないことが多い気がしてるんだ。
 だからまずは君が見慣れてるものなら観る気にはなるかと・・・・きっかけになればいいと思ってね」

アレックスは続ける。

「そもそも芸術は高尚で難しいものなんかじゃないんだよ。昔から貨幣代わりだったし、神話モチーフにしたポルノでもあった。
 流行りのただの装飾や、写真代わり、信仰のためだったり・・・ずっと生々しい、人間の続いてきた生活に密着してるものだ。
 だから俺は鑑賞するという点では昔のひとの、そういうものを見るのが好きでね。
 500年後の人達が今のトランスを聴いてるようなもの、って言えばいいかな。
 絵の楽しみ方なんて決まってないんだから間違い探し程度に思って観てもらえばいいよ」
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「・・・・・・・・・お前が今、トランスっつったか?」
「・・・。そこに引っかからなくていい、イアン。トランスくらい知ってる」
「冗談だよ。・・・間違い探し、ときたか」
「やってみるといいよ」

元々好きなものには饒舌になるアレックスだが、『お美術』にそういった割り切りがある奴だとは知らなかったイアンは目を丸める。
クラシックだの、絵画だの・・・もっとお高く好いているのだと思っていた。
するとエリンはわざとらしいコミカルな苦々しい顔をしながら、

「そうそう、難しく考える必要なんてないのよ!アレックスなんか裸婦画が好きなんだから」
「人間が理性で作ったものが本能に訴える部分があるのが面白いって言っただけだよ。エリン」
「だから要するに昔のエロがスキってことじゃない。でしょ?」
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エリンが言ったところで、すかさずアレックスがエリンの脇腹をくすぐるかのように手を伸ばし明るい声が響く。

記念すべき作品を贈られたとあってはイアンは確かにまじまじと観る気になる。
間違い探しか。
そしてアレックスの思惑の通り、イアンは子供時代からサーフィンをしながら見てきた
サンセットバレーの光景を思い出しながら彼に尋ねた。

「こりゃ、朝。だよな?」 「決めてないよ。どっちにも見えるようにしてるから」
「ほー・・・・この空の感じは秋に近い冬か?」 「決めてないよ、雪はないけれどね」

しばらくイアンは無言で絵を隅から隅まで見てゆく。

「うそつけ、木に葉があ・・・あー、このあたりは夏の花入れてんだな。つか建物が、ないな。少ないだろ。
 昔の写真から描いたのか?」
「いいや。山の麓にある比較的新しいものは邪魔でね。取ったよ。色が派手なチェーン店とかも好きじゃないから描いてない」
「・・・・。風景画だろ?好き勝手に削るとかアリなのか?」
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「そんなルールないだろ?」

盲点を突かれてイアンは押し黙る。
絵から少し距離をとり、イアンは自分の頭の中にある稜線を思い出しながら、またアレックスに尋ねる。

「・・・この山、小さくないか?」 「そのあたりはここのラインまで収めたかったから小さめにしてる」

指導されてなくともイアンは自然と近づいたり遠ざかったりと絵の鑑賞を続け・・・・
そのままなんと『芸術と絵画』をテーマに1時間以上も会話を続けることとなった。
「たしかに朝か夕方か微妙な感じだけど朝だな」と鑑賞者イアンが断言し、
「だから面白いんだ。受け取り方が皆本当に違う」と作者アレックスが笑う。

「・・・・エリン。どう見える?」
「そうねえ・・・・」

芸術は日常の延長だ。男達が明るく笑う中、エリンはじっとアレックスの絵を眺める。
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何かが始まりそうな朝の光、何かを終えて一息つく夜の始まりのようでもある。
その曖昧さがとても好き。
どちらでもいいよと包み込んでくれる彼と同じ。

家の温かさ、家族の温かさ。
全てが始まった街。
この街を捨てるなんていう選択をしなくて、本当によかった。

「これは・・・私のふるさとの絵ね」





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我が愛しのサンセットバレー。







→第12話





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