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第24話 庸一くんの仕事の事情Ⅰ mentorⅠ

←第23話


大学時代、リズが妊娠して養うために中退した佐藤庸一。
リズはリズの親の意向もあって休学にしているが、自分は一度就職すれば同じ大学には戻れないだろうということで中退した。

理由は違ったが同じ中退組ということでイアンが紹介してくれた就職先はといえば、イアンが個人所有するグレンツ財団。
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形式の面接はあったものの採用が決まってからの庸一のビジネスキャリアは一番下のお茶汲み係レベルの事務員から始まった。

「・・・・・・・・」

働くというのは実に厳しい。
いま会議に出ている佐藤庸一はしみじみ思う。
一通りの議題が終わったとき、この会議の議長が難しい顔でいつものように尋ねる。

「庸一?君は発言してないけど何かあるかね?」

勿論あるが、どのタイミングで言おうか迷っていただけだ。
しかし指摘された後では言い訳になって見苦しいのが分かりきっているだけに庸一は言葉を紡げず・・・黙り続けてしまう。
自己主張ができない、これはこの国だと非常にマイナスにとられる。

「会議に出るようになって2ヶ月、君は何も発言しないがどう思ってるんかね。何もないの?」
s3-24.jpg
この会議の場は各部門の理事たちが集まり、庸一の親よりも上の年齢層が集まっていて発言が非常に難しいのだ。
鉄面皮の庸一でも尻込みする。
そして数秒、「議題は終わりだな。以上、今週も頑張ろう」と切り上げられてしまった。
学校ではないので待ってくれるわけがない。

どやどやとスタッフたちが各部署へ散るなかで庸一が静かなため息をつくと、
会議室を出てゆく直属の上司ハロルドが慰めるように彼の肩を叩いて通り過ぎてくれた。

中退とはいえ西海岸の雄・サンセットバレー大の学生だったので、それなりに寄せられている期待があるのだが━━
まったく応えられている気がしていない。
会議のあとは、いつもの無表情ながら落ち込んでいる。
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そんな庸一くんのお話。





この話はすこしだけ時間を戻して、時期としてはエリンが記憶喪失になるより前。
ダイアナも妊娠していない初夏のころ。

グレンツ財団は様々な助成事業・社会福祉事業を展開しているので、ちょっとした中小企業規模の人間がいる。
庸一が所属しているのは奨学金部門で、その部門の理事ハロルドの直属でアシスタント兼事務員として働いている。
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実はエリンはこの財団の美術館事業部門の理事として館長の任についている。
ただしこの話の時点ではエリンは休暇中で会議は欠席していた。
とはいえ出席していても忙しい彼女は、庸一にウィンクだけして足早に去ってくことの方が多い。

庸一の仕事は全国から寄せられる奨学金の申し込み書類の受付作業から始まる。
書き漏れ、添付書類漏れがないかをチェックするのは完全手作業で、しかもその作業をするのは庸一ひとり。
受け付けたあとは上司に審査してもらい、ローン債権管理会社に送り、
戻ってきたものはファイルに収納して、一定期間後に倉庫へ・・・
書類を一気に機械が読み取って自動で不備チェック・情報を文字列データ化してくれるといったテクノロジーはない。
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受付数が少ないとはいえ今時、紙での受付・審査・保管とは!!
審査が通ったあとの奨学金の支払い&返済管理などローン債権管理会社に完全外部委託とはいえローテクがすぎるだろう・・・。
口にも顔にも出さないが庸一にも一般的な会社員と同じように、そんな不満がある。

「庸一、今日は何件くらいきてる~?6万件くらい?」
「8件です。1時間もあれば受付作業は終わります」
「そ~か~。じゃああとで審査に持ってきてね」

庸一の直属の上司・ハロルドは見た目通りの好々爺で、彼が奨学金受け入れについては1件1件審査をする。
趣味が釣りの彼は今時ビデオチャットで済む時代に、月に何度も出張に出ていて庸一は内心呆れている。
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「さっきの会議のことは気にしなくていいからね。ああいうの、上の人間ってすーぐ簡単に言うけど難しいよねえ」
「・・・。正直タイミング図ってるうちに終わってます」
「庸一は礼儀正しすぎるんだよね~。僕の影響かなあ、僕の息子もそうなんだよ。息子いないけど」
「いませんよね」

会話しながらも書類の処理をする庸一の手は淀みなく動く。
学生などの個人から直接申し込み書類を受け付けるため、その書類不備率はかなり高いのだ。

「庸一はさ~、なんか変えたいことない?」
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「! あります」

促されて庸一は初めて顔を上げた。

「じゃあさ、企画でもさ、な~んか立ててみてよ。ちゃんと予算もつけたげるよ」
「やります。ありがとうございます」
「やりたいことにはどんどんチャレンジするのは大切なことだからねえ。
 難しくなくていいから考えてみなよ。どこにいっても通用するようにさ」

転職もキャリアのステップアップの手段であり前向きな選択肢として彼は言う。
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庸一はまったく転職なんて考えていないが、それは庸一には非常にありがたいことだ。
そして釣りが趣味の上司ハロルドはひゅうっと釣竿を投げる仕草をして「そうだ、飛行機の手配頼めるぅ?」と言った。







庸一が帰宅すると、彼らのシムボット・マルちゃんは鮮やかに庸一の夕食を準備してくれる。
そして桜子は早めに寝てしまったこと、リズは入浴中であることを告げて出かけていく。
マルちゃんは定期的な充電が必要だが、庸一たちの家に充電ベッドを置くと電気代がべらぼうに掛かってしまうので、
市内にあるダイアナとイアンのシムボット販売店に都度都度充電に行っている。
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シムボット自体、購入費だけでなくメンテナンスと充電に多額の維持費がかかる。
マルちゃんの場合はダイアナからの贈り物だったので、維持費の心配はないようと全て無料サービスを受けていた。

夕食を終えるころに風呂上りのリズが「お、庸一おかえり」と、肌をピカピカさせてやってくる。

「庸一、あんたは今日どうだったん?こっちは桜子が昼寝しなくてさ~、だから寝るの早かったんよ。顔見れなくて残念だったね」
「そうだったのか。俺はいつも通りだ。今月の給料日、週末だから振込みは明日になる」
「オッケ。いつもおつかれさん。しっかしアンタすごいよ。1人でアタシら3人分マジ稼いでてさ」
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庸一、表情は動かないが心の中にぽっとコスモスが咲いたような喜びに包まれる。
惚れた女に尊敬を寄せられることほど嬉しいことはない。
ありがとうの意で頷くが表情は動かない。でもリズにはその心の機微は伝わっている。

「リズ、予定通り秋から大学に戻れそうか?」
「ん。桜子もプレ幼稚園問題なさそうだし大丈夫だと思う」
「そうか」
「・・・・あのさ~、アタシがホントに大学戻っていいん?やっぱし、あたしも働」
「その話はもうしただろ。2人して親が入れてくれた大学を無駄にすることない。お前は行くんだ」
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「・・・。うす」

リズが妊娠したときに調べて知ったが、この国の大学の学費は日本と比べようがないほど高い。
正確には大学によっての格差がべらぼうなことになっていて、私立大学は州立大学の3倍もかかる。
・・・・自分たちがいたサンセットバレー大も私立だ。
親たちが自分たちにかけてくれていたものの重みを、親になって稼ぐようになって非常に厳しく身にしみている。

庸一はシュッと音をさせてネクタイを抜き取った。

「マルちゃんは今日は満タンまで充電するから遅いらしい。リズ」
「へー・・・・。さいですか」
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「そうだ。1時くらいにならないと帰らない」
「さいですか」

風呂上りとは違う熱でリズの頬の赤みに明らかな恥じらいの色が入る。
ぐいぐい来る庸一のこの姿勢は変わらない。
また照れると、妙な言葉を繰り返すことしか出来ないリズの密やかな乙女っぷりも健在である。

「庸一、冷蔵庫にプリンが」
「リズが先がいい」

とんでもなくクサいセリフすら全くの躊躇いなく庸一からは相変わらず投げかけられて、
小柄なリズは洗濯機の上に座らせられる。
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寝ている桜子を起こさないようにしながらも、
電源が入ってない洗濯機は結構揺れた。






やる気は十分!まずは奨学金申し込み書類の受付を機械化しよう!
庸一は早速ビジネス本を開きつつ、さらにカタカタと『企画書 作り方』などとネット検索して、
企画の立ち上げにかかった。

「燃えてるねえ~庸一。いいねえ~。お嫁ちゃんとエッチでもした?僕はしたけど」
「・・・・なんの用ですか、ハロルドさん」
「僕の飛行機のチケットきてるぅ?」
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「予約は済んでます。バイク便が午前中に届ける予定です」

当たり前のようにビジネスクラスで飛行機も予約されている。
こういう費用を削減すればいいのに、とも庸一は思う。あのビル・ゲイツだってエコノミー推奨者じゃないか。

庸一はすぐに企画書へと頭を切り替えた。
書類の受付を機械で見るとなると、そもそも書類のフォームを一新する必要があるか?
そして①書類をスキャンして、②文字データ化・・・というのが、ふんわりとした庸一のアイディアである。

具体的なやり方は正直さっぱりわからない。餅は餅屋。
電子入力システムを提供している会社をいくつかネット検索して探し、庸一はコンタクトを取るために受話器をとった。
のに。

「ね~ね~ 庸一ぃ~~。僕コーヒー飲みたいな~」
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「さっきサーバーに新しいのが作ってありましたよ」
「あれ美味しくないよね~僕ラテがいいんだ。買ってきて~2ショット追加でグランデ」
「わかりました」

企画書作ってるのにちょいちょい集中を切らされるのはイライラしないと言ったら嘘になる。
これも仕事、これも仕事と唱えながら彼からコーヒー代には少々多い札を渡される。

「庸一、おやつの時間だからドーナツもお願いね。キミのぶんも僕おごるよ」

上司ハロルドがそう言ったことでもう3時近くになっていて、庸一は初めてランチを食い逃していたことを自覚する。

「ありがとうございます」
「来月まとめて返してくれればいいよ」
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あとでコーヒー代を返せなどといつも言うが本当に彼からコーヒー代を回収されたことなどない。
憎めないひとだと庸一は(心の中で)微笑んで頷いた。
ただ彼がわざと休憩をとらせようとしてくれている気遣いまでには頭が回らない庸一である。





奨学金申し込み書類の完全機械化ということで各社に見積もりを頼み、それらが手元に集まった。
無料見積もりでないので既に費用が掛かっている。
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単に書類をスキャンされた画像データにするのは簡単&安い。
しかし庸一がしたいのは『既存の書類に手書きされているものをデジタル化』するということだ。文字列データにしたい。
ところが庸一が考えていた、①書類をスキャンして、②文字データ化という過程は
思いのほかのコストと技術と、あと根本的な手作業仕事が必要であることが分かった。

「・・・・・」
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奨学金申し込み書類をスキャンして、その画像を光学文字認識(OCR)ソフトが文字列データ化するのだが
その読み取る書類は奨学金希望者が記入している手書き文字だ。
実は手書き文字の認識率は高くなく、読み取れない場合エラー情報として最終的にヒトが目と手でデータを補完する必要がある。
そのエラー発生率はおよそ30%-10%・・・

かといってシムボットにも使われる人工知能を応用した高度OCRソフトの利用となると、とんでもないコストになってしまうので
エラー情報の補完作業にヒトを雇って作業したほうが安いと見積もりを依頼した各社からの提案だった。

「~~~~~~~~~」
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庸一がくるまえからドッサリ倉庫に保管されている受理不受理関係ない申し込み書類が約3万件、
最大で9000件分のエラーを直す必要があるが外部委託でヒトを雇うのにも下準備と金と時間が掛かる。
外部委託でエラー情報修正作業は1件あたり●$で▲分かかり、作業フロー作成等の初期費用に●●●$━━
思いのほか大企画になることに庸一は内心ビビってしまった。

・・・いや、待てよ。
グレンツ財団にはアンドリューやマルちゃんのように自律思考はしないがシムボットが数体いる。
彼らにエラー修正作業をできるようプログラミングすればいいんじゃないだろうか?

「庸一~~ 僕お腹空いてきちゃった。ランチいこうよ」
「すいません。俺は今日はここで済ませます」
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思考がノッってきているのだ。止めたくない。
上司ハロルドは「ちぇ~」などといいながら口を尖がらせて1人で出かけていった。

庸一は早速シムボットといえばと、”宇宙人”幼馴染ダイアナに連絡を取る。
一通り自分のアイデアを話したが返答は・・・

『自律思考しないシムボットにはエラー修正作業は難しいね。
 OCRソフトのふるいに掛けたあとでヒトが直すっていう作業レベルは”手書き文字を見て推察”する・・・
 思考が必要な作業レベルになっちゃう』
「なるほど、そうなのか・・・。! そうだ、例えばマルちゃんにならできるのか?」
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『うん、庸一の家のマルちゃんなら作業としては余裕でできるよ。でもリズも大学復学するからしマルちゃんが時間がないなら、
 タダでアンドリューにやってもらうようにしてもいいし!アンドリューもOKって横で言ってるよ』
「!! 本当か」
『イアンの財団の仕事だもん。喜んで手を貸すよ。決まったら連絡してね』

やった!これでコストも削減できる!と、ホクホクだったのだ。
そのときは。





「書類を文字データ化・・・うん。
 で、ソフトができなかったエラー情報の修正作業は、キミの家族のシムボットか、キミのお友達のシムボットがやってくれる、と」
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「はい」
「━━ 庸一。僕はこれは違うと思うな」
「どうしてですか。まさかシムボットだからですか?」

ヒトのよう動き考えるシムボットを忌避するのかと、家族のマルちゃんがいるだけに庸一は非常に珍しく眉を吊り上げた。
上司ハロルドはいつもの好々爺ぷりはどこへやら厳しい顔を見せる。

「キミ、何が違うのか本当にわからないの?」
「はい。教えてください」
「庸一、仕事には絶対に正しい答えなんか用意されてないんだけど確かな誤答ってのはあるのよ~。やっちゃったねえ」

上司ハロルドは明るく茶化すが、まるでそれは詰るかのようじゃないかと庸一は素直にむっとした。
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「俺はこれが正しいと思って提案してるんです。
 いつまで手書きの書類を受け付けて、段ボールに入れた書類を倉庫に積み上げておくんですか。
 俺も何年も働いてきましたけどムダが多すぎます。だからこうして改善案を出してるんです」

庸一は毅然と声を上げる。
声を腹から出したせいでそれはいつも以上に大きく声が響き、部屋の外の人間の注目が集まるほどだったが庸一は気付かない。

これは正しいことだ。
おかしいところなんて何もない。自分が調べた限り最善策で最安値だ。
そもそも上司なら間違い箇所を教えてほしい。
静かに鬱屈していたものが庸一を突き動かす。

「あのね。僕に責めるようなことをいうのはお門違いってもんだよ。キミは正社員スタッフだろ。
 『いつまで積み上げておくんですか』って、つまりキミは上からああしろこうしろと言われないと変えようとしないってこと?
 違うよね。だからキミもこうして出してきたんだもの。企画が思い通りに通らないからって随分おかしなこと言ってるよ」
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上司ハロルドは厳しい瞳で企画書が載ったタブレットに手を添える。

「僕は間違いを探してみなさい、と言ってるの。企画書の作り方は本当にとてもよかったよ。
 問題は中身だ。何がいけないと思う?僕は教えないから自分で焦らずに、考えてみなさいよ。
 その間違いがちゃんと分かるまで他の企画も考えちゃだめだからね。でないとまた同じ事を繰り返すよ、キミは」

「ハロルドさん。俺はちゃんと考えてきました。だから出してるんです。
 他の企画もやるななんて肝心のボツ理由も言われずに意味がまるで分かりませんし、納得できません。
 釣りの口実の出張ばかりじゃなく、俺の上司としての仕事をしてください!」

「・・・僕への暴言も許すのは今回だけだよ。もう今日は帰りなさい。庸一。娘ちゃんと水遊びでもして頭を冷やしておいでよ」
「わかりました。帰ります」

そんな上司ハロルドのいつもの茶化しすら完全に頭に血が上ってしまった庸一には侮辱にしか響かない。
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スムーズなガラス戸は庸一の歩みを止めることもない。
驚き顔の周囲の視線すら意識に入らず、庸一は足早にオフィスを去っていってしまった。





→第25話





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